魔境国アリアンロッド編・国民総進化
幸福の花の光、ルミナの歌、そしてプラチナフロッグの共鳴。三重の奇跡が重なり合った瞬間、アリアンロッド全土は一面の黄金に包まれた。
夜空を裂いて流れた光は、眠っていた者の夢にまで届き、老いた背に力を、幼き瞳に新たな輝きを植えつける。
「う、うぉ……! わしの腰が……痛くない!」
「見ろよ! 俺の腕、こんなに……!」
驚きの声が次々に上がり、村にいたゴブリンたちは背筋を伸ばして人に近い姿へと変じ、オークの群れはたくましい武人の体躯へ。かつて弱きと蔑まれた彼らは、今や胸を張って「人」として並び立てる姿となった。
ルーンが一歩、前に進み、凛とした声を響かせる。
「これより我らは、進化の道を歩む。己を恐れるな、隣を疑うな。この奇跡は“すべてをひとつにするため”のものだ」
民衆はその言葉に泣き笑いし、自然と「ルーン様万歳!」の声が広がる。
変化は人だけに留まらなかった。森の木々は夜のうちに丈を伸ばし、翌朝には枝に黄金の果実を実らせていた。ひと口かじれば芳香が鼻腔を満たし、食べた者は力が満ちてくる。川には光る鱗を持つ魚が跳ね、田畑の作物は夜の間に青々と実った。
そして、ダンジョン。
「……見ろ、壁が……!」
探索中だったアリア一行の目の前で、古びた石壁が滑らかに変容し、青白い光を帯びた魔法陣が刻まれる。宝箱は金光に照らされ、内部の武具が変質していた。剣は形を自在に変える可変刃へ、盾は光を纏った守護装具へと。
ゴーレムたちも変わった。かつて無機質な石の仮面だった顔に、柔らかな人の輪郭が宿り、表情を作り出す。オートマタの眼には虹彩が刻まれ、微笑めばまるで人間と区別がつかないほど。
「……アリア、見ろ!」エリオットが叫んだ。
彼が連れていた浮遊霊のひとりが、そっと子供の肩に触れた。確かに感じる温もりに、子供は笑顔を返す。
「兄ちゃん、あったかい!」
「……バカな……霊が……触れる、だと……?」とエリオット自身が息を呑む。
新たに芽吹いたスキル《共生の加護》。霊たちはスキルを使うことで人と同じように食べ、笑い、共に暮らすことができるようになったのだ。
宴の広場では、ルミナの歌が続いていた。声は風に乗り、花と蛙と森を震わせ、そして人々の魂を抱きしめていく。
「――これが、国民総進化……!」アリアは思わず拳を握る。
「うん。だけど、まだ“始まり”にすぎない」ルーンは静かに答えた。
かくしてアリアンロッドは、一夜にして“かつて誰も見たことのない王国”へと変貌を遂げたのであった。




