魔境国アリアンロッド・リリスブルク編 その5 村の最初の夜
夕暮れが湖面を赤く染めるころ、リリスブルクの仮設住居群にようやく明かりが灯った。
森から伐り出した木材で作られた粗末な小屋、枝と蔓を組んで張られた簡易な柵。
それでも、ここに新たな生活が始まるのだと思うと、人々の胸は不思議な高揚で満たされていた。
中央の広場では焚き火が組まれ、炎がぱちぱちと夜空に火の粉を舞い上げる。
その周りを取り囲み、男も女も子供も肩を寄せ合い、手にした食事を分け合っていた。
「……暖かい」
元奴隷の少女ミリーナが呟く。
彼女の手には、リリスが分け与えたパンとスープ。
涙が溢れそうになるのを必死に堪え、隣に座る仲間へ微笑んだ。
老魔族のヒーミッドが低く笑う。
「長い間、冷たい牢屋でしか過ごせんかった。だが今夜は違うな。焚き火の匂いが、自由の匂いじゃ」
皆が静かに頷き、火を見つめる。
やがて、アリアが立ち上がった。
「今日、私たちは一つの村を築いた。まだ小さな一歩にすぎない。けれど……その一歩は、誰かの未来を照らす光になるはずだ」
その言葉に、あちこちから拍手が湧き起こった。
続いてリリスが前に出る。
エルフの少女の瞳には、炎が映り込み、彼女の決意を赤く燃え上がらせていた。
「みなさん……。私は、あなたたちを守ります。もう二度と、誰も理不尽に奪われたり、踏みにじらせたりはしません。
ここを、私たちの“家”にしましょう!」
その声は夜空へ響き、人々の胸を熱く打った。
――この夜。
リリスブルクは初めて「眠れる村」として息をし始めた。
不安もある、困難もあるだろう。
けれど、焚き火の灯りの下で人々が笑い合ったこの一瞬こそ、新しい歴史の始まりだった。




