魔境国アリアンロッド・リリス領編 名を得た村、灯る心
焚き火のはぜる音が、夜の森に小さく散った。
長旅の疲れを抱えた人々が、暖かな光のもとで肩を寄せ合い、静かな息をついている。
ここに連れてきた人々は、かつて虐げられ、居場所を奪われた者ばかりだった。
彼らの不安を受け止めるように、リリスは炎を見つめながら胸に手を当てる。
「……けれど、ここなら。アリアンロッドなら、きっと……」
自らに言い聞かせるその声を、ルーンがそっと拾い上げるように口を開いた。
「……まだ、この村には名がありませんね」
淡い光を宿す少女の瞳が、こちらを真っすぐに射抜いていた。
「でしたら――リリス様のお名前をいただいて、“リリスブルク”と呼んではどうでしょうか」
その場にざわめきが走る。驚きと喜びとが入り混じった波が、焚き火を揺らした。
「リリス様の名……! いいじゃないか!」
「我らを導いてくださった証として!」
「賛成だ、賛成だ!」
次々にあがる声に、リリスは思わず頬を紅潮させた。
「わ、私の……名前を……? そ、そんな大それた……」
戸惑いに揺れる心。しかし、目の前の人々の瞳は真剣だった。
“居場所を与えてくれた”と語っていた少年の顔、安堵の涙を流していた母親の姿――その一つひとつが脳裏に蘇る。
「……もし皆がそう呼びたいのなら。ありがたく、受け止めます」
声が震えた。だが、その震えは決して恐怖ではなく、熱いものに満ちていた。
歓声が上がり、拍手が重なる。
焚き火の炎が高く舞い、夜空に小さな星を散らしたように見えた。
「リリスブルク……!」
「我らの新しい村だ!」
人々の輪に囲まれながら、リリスは静かに息を吸い、胸の奥でそっと呟く。
(ならば、私は……彼らのために。この村のために、強く在らねばならない)
そうしてこの夜、小さな祝宴が始まった。
歌う者が現れ、子らの笑い声が響き、どこからともなく持ち寄った干し肉や野菜が鍋にくべられる。
疲れきったはずの人々の顔に、初めて「未来」が宿っていた。
リリスブルク――その名は、この日、確かに産声を上げたのだった。




