魔境国アリアンロッド・秘匿扉探索編 幕間:魔王会議(前編)
前書き(ルナ視点)
わたしの名は――ルナデウス=エルム=アステリア。
かつて魔王の娘と呼ばれ、今は“争いを止める者”として歩む身。
幾度も戦火をくぐり抜け、仲間と笑い、そして涙を知った。
アリア、林、朱鬼丸や羅刹丸。出会いのひとつひとつが、
この胸を固める礎になっている。
そして今日。
父と再び相まみえる日が来た。
だが、甘えるわけにはいかない。
わたしはもう“娘”であると同時に、“魔王たちに立ち向かう者”だからだ。
⸻
黒き尖塔の会議殿――。
炎に似た燭台が並び、魔族の象徴たる黒鉄の椅子が円を描いて並べられていた。
集った魔王たちの気配は、どれも圧の塊。笑えば血を沸かし、沈黙すれば魂を凍えさせる。
「……ルナ」
声がした。
隅の席に、かつての父――エルムントが座していた。
痩せた頬、しかし瞳は静かな誇りを宿す。
「ここまで来たか。……お前が、この場に立つとは思わなかった」
「父上……」
胸にこみ上げる感情を、ルナは飲み込んだ。
父は、争いを避け、表舞台から去った魔王。
それが正しいかどうかはわからない。けれど彼の生き方は、娘に確かに届いていた。
「――会議を始めよ!」
低く響く号令とともに、魔王たちが一斉に視線をルナへと注ぐ。
「小娘が何をする」
「人間と馴れ合った裏切り者が」
「魔王の器に非ず!」
嘲笑、罵声、冷笑。
林が思わず前に出かけたが、ルナは片手を挙げて制した。
「……言いたいことは、それだけか」
「ならば聞かせてもらおう。お前が何を望む?」
「戦を……終わらせること。それがわたしの望みだ」
堂々とした声。揺らぎは一つもない。
会議殿にざわめきが走る。
「終わらせる? 戦こそ魔族の栄光だ!」
「弱きは淘汰される。それを否定するなど――!」
ルナは一歩も退かない。
「弱きを守り、強きを律する。それもまた道ではないのか。
わたしはそれを選ぶ」
罵倒が激しさを増す中、父エルムントの瞳だけは揺らがず娘を見ていた。
「……私が果たせなかったことを、お前は言い切るのだな」
ついに一人の魔王が椅子を蹴り立ち上がる。
「ならば――力で決めようではないか!」
「望むところだ」ルナはすぐさま応じた。
「数日後、ちょうど良い場所がある。ルーンブルクの広場だ。
そこで……力を示そう」
「……!」
魔王たちの視線が鋭く交差する。
やがて嗤い、頷き、声を合わせた。
「よかろう!」「受けて立つぞ!」
こうして、魔王会議は決裂とともに結論を得た。
決戦の舞台は、ルーンブルク。
父はただ黙して見守り――その瞳に、かすかな誇りを灯していた。




