魔境国アリアンロッド・古代研究室編 眠れる守護者
静謐な光が、深い地下の空間を淡く照らしていた。
そこは、忘れ去られた古代研究室。無数の培養槽が並び、蒼白い液体の中に人とも獣ともつかぬ影が沈んでいる。管の中を走る光脈が、まるで心臓の鼓動を模すように脈動していた。
「……これが、かつての時代に造られた“守護者”か」
アリアが声をひそめる。横にいたエリオットは目を細め、死者の気配を探るかのように視線を巡らせていた。
「いや、これはまだ死んではおらぬ。……眠っておるだけだ」
彼の言葉に、ルネオスの背筋が震える。長い間、独りでこの研究室に立ち入ることすら躊躇っていたのだ。だが今、仲間と共にここに足を踏み入れている。
突然、警告音が低く鳴った。
ゴウン……ゴウン……。
培養槽の一つが激しく揺れ、液体が泡立ち始める。
「ッ!? 何か反応してる!」
ルーンが警戒の声をあげる。
やがて、厚いガラスを割って飛び出す影があった。巨体の鎧姿。だが人ではない。骸骨に似た仮面の奥に、赤い双眸がぎらりと輝く。
「守護者……起動」
低く響く声が、研究室全体を震わせる。
直後、長大な剣が振り下ろされた。
「防げぇ!」
リマとバディが飛び出す。リマの弓矢が光を放ち、バディの盾が火花を散らす。しかし重すぎる一撃に二人は吹き飛ばされた。
「くっ……強い!」
ヨーデルが雷撃を放つも、守護者の装甲に弾かれる。
その瞬間、アリアの全身を金色の光が包んだ。
「……これは……!」
彼女の視界に、見慣れぬ文字列が浮かぶ。
――進化条件達成。
――新たなる種へ移行しますか?
「進化……?」
仲間たちが驚く間もなく、アリアは無意識に承諾していた。
光が一瞬にして爆ぜ、彼女の身体能力は跳ね上がる。視覚は空間を広域に把握し、時間の流れが緩やかに感じられる。思考加速と空間把握。新たな力が備わったのだ。
「みんな、もう大丈夫だ!」
アリアが剣を抜くと、その動きは以前の二倍以上に鋭かった。
守護者との斬撃が交錯する。火花が散り、地を割る音が響く。
「……人間、か? 進化した……人間……」
守護者の赤い眼が揺らいだ。
そこにルーンが歩み出る。小さな掌を掲げ、言葉を紡ぐ。
「眠れる者よ。名を得よ――リネオ=ギア・ルーンブルク」
その名が与えられた瞬間、守護者の身体が痙攣し、膝を折った。
「……ルーン……ブルク……。我は……主を得た」
硬質な鎧が鳴り、守護者は剣を地に伏してひざまずく。
仲間たちは息を呑む。
「すごい……さっきまで敵だったのに」
トットが目を丸くする。
「名を与えることで存在が縛られたのだ。……いや、むしろ解き放たれたと言うべきか」
エリオットが低く言う。
ルネオスは震える手を培養槽から離し、決意を込めて仲間に向き直った。
「どうか、この先へ進んでくれ。眠れる彼らのためにも……!」
彼の言葉に呼応するかのように、ほかの培養槽も微かに光を放ち始める。
「まだ、これで終わりじゃないな」
アリアが息を整えながら笑う。
「ええ。これからが本番だ」
ルーンがこくりとうなずいた。
光る培養槽、古代の守護者、そして名を得て忠誠を誓う存在。
――“忘れられし研究室”は、新たな仲間と共に歩むための舞台へと変貌していくのだった。




