魔境国アリアンロッド・秘匿扉探索編 その19:秘匿扉の前で
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剣を振り下ろした瞬間、アリアの視界に淡い光の粒子が舞った。
それは斬撃の余韻でも、ただの魔力放散でもない。彼女自身の身体の奥底から滲み出る、まるで脱皮のような光。
「……進化、だと?」
エリオットが驚愕を隠さず呟く。
以蔵もまた、目を見張った。「ほう……こりゃァ珍しいのう。戦闘の最中に、しかも一瞬で進化するとはな」
ルーンは腕を組み、じっとアリアの背を見守っている。「本来なら寝台に伏し、長い時間をかけて変化を受け止めるもの……だが、これは即座に“上書き”されたかのような進化だ。私の時は丸一日、身動きも取れなかった」
アリア自身は驚きよりも実感に戸惑っていた。
——視界が広い。
——敵影や罠の存在が立体的に浮かんで見える。
——頭の中の回転が速い。思考が幾重にも枝分かれし、それを同時に追える。
「……空間を、掴める……。いや、二段で跳べるか?」
軽やかに足を踏み込み、空気を蹴る。もう一度跳躍。
舞い上がるように宙を駆け抜けるその姿に、マキシが口笛を吹いた。「すげー……! おいおい、アリア姉さん、ついにネオヒューマンかハイヒューマンかってやつ?」
アリアは息を整え、頷いた。「……そうらしいな。力だけでなく、頭の中も冴え渡る。これが進化か」
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しばし沈黙が続いたが、フェルナが微笑んで空気を和らげる。「新しい力は後で試せばいい。まずは次の部屋を確認しないとね」
扉を押し開けた先には、小さな祭壇があった。
中央に鎮座していたのは一輪の花。乳白色の花弁が淡く光を放ち、近づくと心が温かくなる。
「……幸福の花」セレスティアが低く名を告げた。「古い文献で見たことがある。持ち帰り、広場に飾れば人々の心に調和と安らぎを与える、と」
マキシが目を輝かせる。「国民みんなに効果があるってことか! 宴も盛り上がるぞ!」
アリアは花を丁寧に布で包み、鞄に収めた。「これはルーンブルグに持ち帰ろう。きっと皆の力になる」
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さらに奥へ進む。
石壁は次第に古代の装飾を帯び、床に埋め込まれた魔法陣が淡く光を放つ。
やがて——それは姿を現した。
高さ十メートルを超える巨扉。黒曜石のごとき漆黒に、金色の紋様が幾何学模様を描く。中央には古代文字が刻まれていた。
「これが……秘匿扉か」アリアは思わず息を呑む。
ルーンが手をかざすと、淡い光が紋様に反応する。
オートマタのネオンとクルネオが解析を開始し、数字と文様が空中に映し出された。
『解析結果:この扉は二重の分岐構造を持つ』
「二重……?」
『英雄の墓へ続く道と、古代工房へ続く道。いずれかを選ばねばならない』
仲間たちが顔を見合わせる。
フェルナは慎重に言葉を選ぶ。「どちらも重要ね。だが、同時には進めない」
セレスティアは静かに扉を撫でる。「選択は重い。だが、この瞬間を避けては通れぬ」
アリアは剣を握り直し、一同を見渡した。「……皆の意見を聞こう。ここが、次の一歩だ」
扉の前に漂う緊張。
幸福の花の温かな光が鞄の中で瞬きながら、彼らを照らしていた。
——つづく。




