幕間:勇者一行出発
夜の野営地には焚き火の赤い光が揺らめいていた。
勇者と呼ばれる三人と、彼らに付き従う取り巻き、商人、奴隷たち。その空気はどこか重苦しく、火に照らされた顔にはそれぞれ別の影が落ちていた。
「おい、中村。水を汲んでこい。……はやくしろ、トロいんだよ!」
天城剛は足元に蹴りを入れ、痩せ細った少年を突き飛ばした。少年は「ひっ」と声をあげ、桶を抱えたまま走り去っていく。取り巻きの内海と斎藤は顔を見合わせ、にやりと笑った。
「ははっ、天城さん、相変わらずっすね」
「弱いのに当たるのは楽だもんな」
その様子を、傍らのゼノ=クラヴィスが薄笑いを浮かべて眺めていた。黒衣に身を包んだ細身の商人。勇者たちに随行しながらも、実際にはもっと別の思惑を抱えている。
「お強い……さすが勇者様。凡百の兵士では到底できぬ統率術でございますな」
「当たり前だろ、俺は選ばれし勇者だぞ」
天城が鼻で笑うと、ゼノは頭を下げた。だがその瞳の奥には、冷ややかな光がちらついていた。
別の焚き火の周りでは、タツミとレイナが小声で言い合っている。
「なあレイナ、やっぱこれ冒険イベントって感じだよな! 隠されたダンジョン、本拠地突入フラグだ!」
「はぁ……アンタ、少しは現実を見なさいよ。私たち、まだ敵の正体も場所も知らないのよ?」
「そこを探すのがイベントだろ!」
タツミは興奮で声を弾ませる。レイナは額を押さえたが、彼を止められない自分に小さく溜息をつく。
そのやり取りを離れたところから見ていたのは、冷たい目をした青年――ヘリオンだった。
「……利用できるうちは利用する。それだけだ」
火の粉を指で弾き飛ばし、淡々と呟く。彼にとっては祖国への報告と成果こそが最優先であり、勇者たちの子供じみた騒ぎも、暴力も、全ては観察すべきデータにすぎなかった。
やがて、奴隷商人会会長ガルマ=ヴァルドが立ち上がった。恰幅のいい中年の魔族で、鋭い目をしている。
「能力者を使え」
その一声で、鎖につながれた一人の男が前に引き出される。痩せこけた顔に刻まれた古い烙印。彼の額には淡い光の文様が浮かび、震える声で呟いた。
「……北東……光が……そこに……」
指がかすかに震え、闇の彼方を指し示す。
「聞いたか! こっちだ!」
天城は得意げに叫び、取り巻きを従えて立ち上がった。
「おい、荷物まとめろ! 俺様が正しいって証拠だ!」
ゼノはその声を聞きながら、唇の端を上げる。
「さすがは勇者様……導きすら御味方になさるとは。いやはや、この地で名を刻むのは貴方に違いありません」
「……ふん、わかってんじゃねえか」
天城は満足げに鼻を鳴らす。
だがゼノは内心で別の計算を進めていた。勇者たちは力を、会長は奴隷を、天城は恐怖を、それぞれ振るう。だが最終的に道を決めるのは――自分の言葉と利のさじ加減だ。
夜が明け、勇者一行は歩み出す。
タツミは「イベントだ!」と笑い、レイナは「無謀すぎる」と眉をひそめ、ヘリオンは「利用できるうちに」と冷ややかに見据える。
天城は奴隷を殴り飛ばし、会長は鎖を引き、ゼノはその全てを操る。
誰もが、自分こそが主導者だと思っていた。
だが実際には――この一行は、誰かの操り糸に導かれているにすぎなかった。
彼らの進む先には、まだ知らぬ魔境が待っている。
その名を、アリアンロッドという。




