魔境国アリアンロッド・秘匿扉探索編 その6(前半)帰還と分岐
石段を上りきった瞬間、肌に触れる空気が変わった。
迷宮の湿った冷気は消え、眩しい光と人々の喧噪がアリアたちを迎える。
「……戻ったか」
以蔵が刀を収め、静かに息を吐く。
シルがぱっと駆け出し、町の広場へと先導する。
ルーンブルグの民はすでに広場へ集まっていた。ゴブリンも、コボルトも、獣人も、エルフも。
「アリア様が!」「探索隊が帰ってきたぞ!」
声が重なり、手が振られる。
アリアは剣を掲げた。
「秘匿扉の試練を越えた! 我らは新たな加護を得た! この地にさらなる守りを授かったのだ!」
歓声が弾けた。肉が焼かれ、酒が注がれ、歌が広がる。
夜の宴が、自然と始まった。
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◆ルラとマリーヌの報告
炎が高く揺れる広場に、ひときわ鋭い声が響いた。
「おーい、楽しんでるところ悪いがよ――」
人々が振り返ると、ルラが軽い足取りで現れ、隣にはマリーヌが真剣な表情で立っていた。
アリアは笑顔で迎える。
「ルラ、マリーヌ! 戻ってきたか!」
マリーヌは声を低める。
「……重大な知らせがあるの」
広場が静まり返った。
「五つの諸国が連合を結び、ヨロネノーツ共和国に宣戦布告したのよ!」
どよめきが広がる。
「対抗してヨロネノーツも隣国と同盟を結んだの。その中に――」
マリーヌは一拍置き、アリアを見た。
「……サンマリノ王国の名が含まれているのよ!」
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◆アリアの動揺
「なっ……」
アリアの顔から血の気が引いた。
「父上……母上……ビア……!」
椅子を倒し、立ち上がる。
「今すぐにでも向かわねば――!」
「待て、アリア!」シルが腕を掴む。
「冷静になれ!」フェルナが必死に制止する。
「嬢ちゃん、焦ると命を落とすぜよ」以蔵の声が低く響く。
アリアは震える拳を握り締め、仲間の視線を受け止めて立ち尽くした。
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◆「謎の集団」としての介入案
沈黙を破ったのは、エリオットだった。
「……正面から出れば、我らは国として巻き込まれる。だが“正体不明の戦力”として介入するのは有効だ」
マキシや子供組も息を呑む。
東堂が腕を組み、「裏から支えるってわけか」と頷く。
議論の末、介入メンバーが決まった。
アリア、エリオット、東堂、健太、雅彦、カイル、リィナ。
アリアは深く息を吐いた。
「……わかった。ならば我らは“影”として戦に臨む」
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◆北方からの報せ
だが、ルラがさらに声を張る。
「もう一件ある! ゾロアルダ首長国が十万の軍勢を率いて、ノール共和国に攻め入った!」
「なっ……十万!?」ティアが息を呑む。
セレスティアが赤い瞳を細める。
「北の魔王ヒルデリッヒが危うい……ということね」
ルナが立ち上がった。
「なら、その戦は自分が受け持とう!」
その声音は強く、迷いがなかった。
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◆林の心情
林は思わず、彼女を凝視した。
夜の炎に照らされたルナの横顔は、凛として美しく、そして遠い。
(また……危険の中に身を投じるのか)
胸が痛む。だが同時に誇らしくもあった。
彼女は決して退かない。
だからこそ、自分も退けない。
(たとえルナが何者であろうとも、俺にとっては……唯一の人だ)
握った拳が震える。林は誰にも聞かれぬほど小さく、言葉をこぼした。
「必ず……守る」
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◆宴の続き、そして分岐
炎はなおも揺れ、杯が掲げられる。
だがその笑いの裏に、皆の胸は重く沈んでいた。
アリアは静かに杯を掲げる。
「我らは影として戦に臨む。……国を、仲間を、そして未来を守るために」
声が重なり、広場に響いた。
だが誰もが知っていた。
これは宴の終わりではない。
新たな戦乱の始まりなのだと。
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(秘匿扉探索編・完)
(次章「影の戦乱編」へ続く)




