魔境国アリアンロッド・秘匿扉探索編 その2 封じられし紋様
迷宮の深奥にて、一行は立ち尽くしていた。
眼前にそびえるのは、巨大な石の扉。
幾何学的な紋様が刻まれ、淡い光を放っている。
その冷たい輝きは、仲間の心をも試すようだった。
「……これが秘匿扉か」
アリアは深呼吸し、手を扉に近づけた。表面は石のはずなのに、微かな脈動を感じる。
「扉そのものが生きてるみたいだな」以蔵が顎を撫で、土佐弁で低く呟く。
「いや、正確には……記憶しているんだ」エリオットの声は冷ややかだ。「契約の記録。血、命、魂……そうしたものが織り込まれている」
「うわぁ、やっぱり罠の匂いしかしないんだけど?」ティアが半歩下がり、手を腰に当てる。
シルは逆に前のめりになり、短剣を抜いて軽く突き立ててみせた。「でも開けないと進めないでしょ?」
「落ち着け、シル」アリアが手で制した。
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■ 解析開始
「ネオン」
ルーンの声に応え、光のオートマタが前に出る。
胸元から放たれる光が、紋様を正確になぞり始めた。
『解析開始。古代文様、認識率四十二……上昇中』
クルネオが後ろから補足する。『記録との照合……該当多数。ただし断片』
アルネオラの指先からは薄い光の糸が伸び、扉の紋様と同調を試みている。
「やっぱり古代エルフ文字だな」フェルナが眉を寄せた。「けど……変形している。わざと読み解けないように組み替えられている」
「そこに血の契約が組み込まれているのよ」セレスティアが赤い瞳を細める。「扉の向こうは、命を賭けるに値する何か。……そういう類いの匂いがする」
アリアは剣の柄に手をかけたまま、静かに見守る。
「それを開く価値があるかどうかを決めるのは、我らだ」
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■ 紋様の反応
ネオンが光を強めると、扉の紋様が反応した。
鈍い響きとともに、石壁全体が低く震える。
『反応。……封鎖解除条件、未達』
「ちっ、まだ足りないか」ルーンが額に汗を浮かべた。
エリオットが前に出る。「死者の力を借りる」
杖を突き立てると、迷宮の空気がざわりと揺れた。
淡い影が幾筋も現れ、紋様の前で消えていく。
『照合率、上昇……七十』クルネオが読み上げる。
「あと一押しだな」アリアが呟く。
その時、セレスティアがふっと口元に笑みを浮かべた。
「なら、血を添えよう。真祖の血は、古の契約にも響く」
彼女は白い指先を噛み、小さな赤い滴を紋様に落とす。
一瞬で光が奔った。
紋様がまるで呼吸するかのように明滅し、扉全体が震動する。
「……っ!」ティアが目を見張る。「本当に動いた!」
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■ 扉が開く
「全員、構えろ!」アリアが号令する。
地の底から鳴り響くような音。
巨大な石扉が、ゆっくりと、だが確実に開き始めた。
冷たい風が流れ込み、肌を刺す。
内部は闇だ。
しかしその闇の奥から、明らかに異質な気配が滲み出ている。
「ゴーレムの臭いが混じってるな」以蔵が低く言う。
「それだけじゃない。……幻影の魔力だ」エリオットの声は静かだった。
「行くか」アリアは短く言い、剣を抜く。
その動きは迷いがなく、仲間たちの心を定める。
「了解!」シルが短剣を構える。
「退屈しのぎにはなるでしょうね」セレスティアが冷ややかに微笑む。
「ま、怖がっててもしょうがないし」ティアは肩を竦める。
フェルナは矢を番え、ルーンはバディを抱きしめて小さく頷いた。
こうして一行は、秘匿扉の向こうへと足を踏み入れた。
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■ 内部
扉の内側は、外の迷宮とは明らかに違う空気だった。
白い石壁が続き、床には整然とした紋様。
まるで神殿のような空間が広がっている。
「……静かすぎる」アリアが呟く。
「罠の前触れだな」以蔵が周囲を睨む。
次の瞬間、光が弾けた。
広間の中央に、幻影が浮かび上がる。
甲冑をまとった騎士。
その背後には、次々と別の影が現れる。
「……これは」フェルナの声が震えた。
「幻影の試練だ」エリオットが冷静に告げた。「我らが力と心を量る、古の儀式」
アリアは剣を握り直す。
「ならば、受けよう。私たちの力を示すために!」
幻影の剣が一斉に抜かれ、冷たい金属音が広間に響いた。
(つづく)




