魔境アリアンロッド・第二十階層編 第6話「守りの間——三つの脈で開く扉」
翌朝。工房の空気にはまだ昨夜の熱が残り、以蔵の依代が座した器は安らかに光を沈めていた。
だが、今日の課題はそれを守るだけではない。ルネオスが口にしていた——守りの間。扉をひらけば、この階層に眠る古代の機構と、新たな骨格が見えるはずだ。
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◇ 準備の朝
アリアは炉の灰を払いながらみんなを見渡した。
「昨日の合図は完璧だった。……今日も三つで合わせるぞ」
「数字も揃えとる」ボリスが帳面を掲げる。「三つの脈を束ねる。魔力、霊力、そして地脈や」
「薬液は調整済み!」イザベラが小瓶を傾ける。「匂いはキツいけど、開けるのに必要だからね」
「火は静かに燃えとる。今朝のは機嫌がええ」バロスが赤ら顔で笑う。
ルネオスは指を組み、静かに言う。
「扉を開くには“呼ぶ声”と“三つの脈”が必要。——誰か一人の力では足りない。全員で揃えてほしい」
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◇ 守りの間の扉
案内された先は、階層の奥。壁は磨かれた石で、中央に巨大な扉が鎮座していた。
表面には流れるような三本の線が刻まれている。それぞれが中央で交わり、脈動のように淡く光っていた。
「これが……」アリアは低くつぶやく。
「三つの脈」ルネオスが指差した。「左が魔力。右が霊力。下が地脈。すべてが揃う時、扉は応じる」
「つまり、オレとエリオットが前に出るってことか」ボリスが苦笑する。
「そしてアリアが呼ぶ声を重ねる」エリオットが続ける。
「よし、なら火は俺が温める。地脈は任せえ」バロスが胸を叩いた。
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◇ 三つの合図
アリアは掌をかざし、短く呼んだ。
「——一(準備)」
魔力の脈が淡く震え、フェルナの補助魔法が流れ込む。
「——二(受け止め)」
霊力の脈にエリオットの術式が乗り、以蔵の気配が薄く重なった。
「——三(固定)」
バロスが炉の火をかざし、ボリスが地脈の数字を読み上げた。
三つの脈が同時にぱんと光を放ち、扉の紋様が動き始める。
線が重なり、円が描かれ、中心に小さな瞳のような光が開いた。
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◇ 守りの間の中で
扉が音もなく開く。中はひんやりとした広間で、天井からは光る鉱石が垂れ下がっていた。
中央には石の台座、その上に古代の設計盤が置かれている。
周囲の壁には、骨格のような枠組み。巨大な背骨が組み込まれ、まだ眠っている。
「……これは街の“骨”だ」ボリスが呟いた。
「動かすにはまだ力が要る。けれど、支えるなら十分」イザベラが指で盤を撫でる。
「つまり、ここを抱えていけば街の防衛線は二重になる」アリアがまとめた。
ネオンが光を増幅し、アルネオラが骨格の張りを確認し、クルネオが記録を取り始める。
ルネオスは静かに笑った。「守りの間は、君たちの街を支える背骨になるだろう」
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◇ 余韻
帰り道、以蔵の依代が低く囁いた。
『……アリア。わしの座も、街の座も、呼び声で立つ。合図で受け止め、名で固定する。それが国の骨になるんじゃろ』
「国にするつもりはない」アリアは肩をすくめた。
『せやけど、人が呼べば座は立つ。わしらは、もうそういう流れに乗っちゅうがや』
アリアは答えなかった。だが、胸の奥で、鼓動が三つの脈と重なるのを感じていた。
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→次回予告
第7話「設計盤の声——古代の記録が語るもの」
古代の設計盤が示すのは、防衛だけでなく“次の進化”。
それは街のためか、それとも異界の記憶か。




