魔境アリアンロッド・第21階層編 第4話「鍵を探す旅——目貫と記憶の道」
一 夜明け前の支度
工房の火が落ちきるより先に、アリアは目を覚ました。寝台のルーンはまだ浅い眠りにいて、額には薄い汗が残っている。
夜通しの作業で以蔵の「座」ができたこと、そのために街全体の息を合わせたことは確かに成果だった。だが次の段取りは——鍵を探すこと。
以蔵の霊体は、エリオットの護符の上で揺れていた。
『おはようさん。……昨夜の“座”、心地えかったわ。軽うて、わしじゃのうてわしやった』
「今日の課題は“鍵”だ。君の記憶を繋ぐもの」アリアが言う。
『ふむ。ならば土佐から持ち出した目貫じゃろう。刀の柄に仕込まれとった小さな金具よ。今も霊として肌身離さず持っとる』
ボリスが横で腕を組み、真顔になる。「現物が無いと器の固定は難しい。……魂の芯は触媒でしか縫えん」
「じゃあ、探しに行くか」アリアが答える。「エリオット、目当てはわかる?」
「ああ。記憶の残滓を辿れるはずだ。……ただし危険もある。以蔵の“殺める剣”時代の残滓が、影として現れるかもしれない」
『ほほう、わしの悪行が魔物になるっちゅうことか。まこと、皮肉なもんよ』
「だからこそ、仲間で行こう」アリアが短くまとめた。
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二 編成と合図
今回の編成は——
•アリア:指揮と制御。
•エリオット&以蔵:霊と死霊術の扱い。
•ボリス&バロス:火と鉄を操る兄弟。
•イザベラ:薬と調合の支援。
•ルネオス:オートマタたちの代表。調整役。
「わたしは残る」ルーンは寝台のまま言った。「合図は教えてある。三拍で息を合わせて」
アリアは頷いた。「必ず戻る。君の“街”のために」
出発の前に、全員で合図を確認する。
「——一(準備)、二(受け止め)、三(固定)」
アリアの声に、それぞれが頷く。炉の音のように静かに、けれど強く。
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三 記憶の道へ
工房の奥に設けられた転移門を抜けると、そこは灰色の荒野だった。
足元には乾いた砂。空は雲に覆われ、風が吹くたびにしゃらりと音を立てる。
「ここが……以蔵さんの記憶の断片?」イザベラが目を凝らす。
『おう。わしが人斬りしとった夜の影じゃ。見ぃよ、ほら』
視界の先、黒い人影が立ち上がった。形は人のようで人でなく、刀のような腕を持つ。十、二十……数が増えていく。
「やはりか」エリオットが呟く。「過去の“殺める剣”が具現した影兵だ」
「ふむ、ちょうど火の試し打ちにはもってこいじゃ」バロスがにやりと笑う。
ボリスが槌を構え、「数字と火で殴るぞ!」と叫んだ。
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四 戦闘の合図
アリアは刀を抜かず、両手を広げた。
「投げで行く。合図に合わせて!」
全員が短く頷く。
「——一!」
影兵が突進してきた。
「——二!」
アリアは踏み込み、影兵の腕を掴んで入り身投げ。影が砂に沈む。
同時にボリスが槌で地を叩き、数式を刻んだ円陣が光る。
「反転応力!」
影兵の刃が自らの腕を弾き返し、霧のように消えた。
「——三!」
エリオットが印を結び、以蔵が声を乗せる。
『座れ!』
影兵の残滓が一斉に地へ固定され、火の粉のように散った。
短い一拍。だが確かに勝利だった。
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五 過去の影と向き合う
残滓が消えると、荒野の中央に小さな光が浮かんだ。
「見つけた……目貫だ」アリアが囁く。
光の中には、金の装飾が施された小さな金具。唐草模様の中に、家紋らしき意匠が光っている。
『懐かしい……父が打ってくれたもんじゃ。わしは剣で人を斬ることしかせんかったが、この目貫だけは、いつも“守れ”と囁いとった』
以蔵の声は震えていた。
「それがあれば、器に君を留められる」エリオットが言う。
「ただし」ルネオスが前に出る。「持ち帰るには、もう一度合図を。鍵は“呼ばれる”ことで安定する」
「呼ぼう」アリアが言った。「全員で」
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六 呼ぶ声
「——一!」
「以蔵!」
「——二!」
「以蔵!」
「——三!」
「以蔵!」
声が重なるたびに、光は強さを増し、目貫が実体を帯びていく。
最後にアリアが踏み込み、両手で光を掬い上げた。
金具の冷たさが掌に乗る。確かに、ここにある。
以蔵の声が響いた。
『……ありがとうよ。これでわしも、ほんまに守る剣になれるかもしれん』
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七 帰還と安堵
工房に戻ると、炉の火はまだ赤を保っていた。
バロスが火かき棒で灰を整え、ボリスが数式を帳面に書き足す。
イザベラは薬液を温め直し、ルネオスは「名呼び工程」を追加した図面を広げた。
「これで準備は整った」エリオットが静かに言った。「次は——器への固定だ」
アリアは掌の目貫を見つめ、深く頷いた。
「合図は変えない。呼んで、受け止めて、固定する。それが私たちのやり方だ」
『おう、任せぇ。今度は、わしも本気で“守る”で』
炉の火がぼっと音を立てた。まるで街そのものが、この一歩を祝福しているかのように。
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次回予告
第5話「依代完成——座す剣の誕生」
目貫を得て、いよいよ器に以蔵を固定する段階へ。
火と数式と薬、合図と名呼びが交錯する工房の夜。
果たして“殺める剣”を超えて“守る剣”となれるのか。
そして、その背を見ていたルーンは——新たな進化の兆しを覚える。




