魔境アリアンロッド・第21階層編・第2話:運用会議と依代の話
ルーンが光の奔流とともにルネオスへ名を与え、オートマタたちに次々と名を授けて倒れ込んだのは、ほんの数刻前のことだった。
彼女はいま、アリアンロッドの仮設宿舎にある寝台で静かに眠っている。顔は穏やかで、額に浮かぶ汗が小さな光粒のように見える。
「……あの力、やっぱり代償が大きい…」
枕元で額に濡れ布を当てていたアリアが小さく呟く。
シルとフェルナも同席していたが、今は外で警戒中だ。
「ルーンさんは大丈夫なんだろうか……?」
マキシが心配げに尋ねると、アリアは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫だ。命を削っているわけじゃない。ただ、膨大な魔力と精神力を一気に消耗しただけだ。数日は休養が必要になる」
アリアはそう断言したが、その声には彼女自身の自責も混じっていた。
――名付けの力がこれほどまでに街の中心になってしまうとは。
導いているつもりはないのに、自然と誰もがルーンを頼るようになっている。
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◇工房での会議
場面は変わって、ボリスの工房。
大きな炉の奥には、鎧のような姿をしたオートマタたち――ネオン、クルネオ、アルネオラらが整列していた。
ルネオスは白衣をまとったまま、まるで生まれたばかりの研究者のような落ち着かぬ姿で、ボリスとイザベラに質問を浴びせられている。
「おぬし、魂の定着率ってやつを数値化できるのか?」
「ええ、基礎データなら記録があります。古代の設計図も部分的に残っていて……」
「おおお! ワシが昔から欲しかった資料じゃあ!」
「この触媒反応……有機と無機の中間だわ。なるほど……発想が天才的!」
「褒めてもらえるのは光栄ですが……私はただ記録を継承しているだけです」
ボリスとイザベラがマシンガンのように質問を浴びせかけ、ルネオスが正確に答える。アリアやシルは横で首をかしげるばかりだった。
「なんだか……言葉が半分くらいしか理解できません」
「私もだ。けれど、二人とルネオスが目を輝かせているのを見れば、すごいことなのは伝わってくる」
アリアはそう言って苦笑し、肩をすくめた。
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◇以蔵の一言
そこで、壁際に腕を組んで控えていた霊体――以蔵が口を開いた。
「……のう。…例のワシの依代の件、作ってくれんかのう?」
その言葉に、工房が一瞬凍りつく。
エリオットは「あーまた」、アリアとマキシはお互いに顔を見合わせる…
「ほぉ……そういえば、そんな事言ってましたよね、…魂を収める新たな肉体を……」
ルネオスが静かに頷きながら考え込む。
「ただ……先ほども言いましたけど、理論上は可能です。ただしリスクが大きい。魂と器の同調率が低ければ、分離や消滅の危険があります」
その冷静な分析に、場の空気はさらに重くなった。
しかし――。
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◇オートマタの無邪気な一言
「もう一度言います……わたしなら、リスクなしでやりますよ」
さらりと口を開いたのは、群れの中にいたオートマタのひとり――ネオンだった。
まるで「お茶でも淹れますよ」と言わんばかりの無邪気さだった。
「……は?」
一同の視線が一斉にネオンへと向く。
「だって、私の演算処理なら魂の座標を固定できますし。むしろ楽な仕事です」
「お前、それを“楽”とか言うな……」
エリオットが額を押さえて呻いた。
以蔵はにやりと笑う。
「ぬはは! ええのう、それなら任せちゃるき!」
「待て待て待て!」アリアが即座に止めに入る。
「勝手に話を進めないでくれ。依代を作るのは重大なことだ」
「ふふふ……でも可能性があるのなら、研究する価値はあるわね」
イザベラが怪しく笑い、ボリスも腕を組んで唸る。
「こりゃあ、国が変わる発見になるかもしれんのう……」
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◇未来への布石
エリオットは真剣な顔で言った。
「魂を器に定着させるには“特別な触媒”が要る。すぐには無理だ」
「……触媒?」
「そうだ。生と死の狭間を縫い止める鍵だ。探す必要がある」
以蔵はふむ、と顎を撫でた。
「つまり、ワシの新しい体を拵えるには……旅が必要っちゅうことか」
その目は、どこか楽しげですらあった。
アリアは深く息をつき、静かに皆を見渡した。
「……ルーンが名を与えた力。ルネオスとオートマタの知識。以蔵の依代。
これらは、アリアンロッドの未来を大きく変えるかもしれない。だが、焦らずに進めよう」
彼女の言葉に、皆が黙って頷いた。
炉の奥でオートマタたちが規則正しく姿勢を正す音が、未来の胎動のように響いていた。
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次回は「以蔵の依代計画」や「オートマタ運用」の詳細が動き出し、さらに街の発展との結びつきを描いていきます!




