魔境アリアンロッド・建国前夜編 第6話:焚火と歌、石の誓い
1.境界石が立ち並ぶ夜
日がすっかり暮れるころ、四基の境界石はそれぞれの場所でしっかりと立ち、白い月明かりを浴びていた。
アリアは門前から見渡し、深く息をついた。
「……終わったな」
長い一日の作業を終えた仲間たちが、ぞろぞろと広場へと集まってくる。ゴブリン、コボルト、獣人、エルフ、ドワーフ、サキュバス……。
この夜、初めて“ひとつの街”のように、人々が輪になった。
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2.数え歌から始まる宴
真ん中には大きな焚火。ぱちぱちと薪が弾ける音を背景に、幼いゴブリンのピピが立ち上がる。
「いーち、にー、さん! じゅんびして、もちあげて、こていして!」
昼間の合図を真似したその声に、広場中が笑い声をあげた。
獣人の若者が太鼓を叩き、エルフの笛が合いの手を入れる。コボルトたちが手拍子を始め、サキュバスのティアが澄んだ歌声を重ねる。
いつの間にか“合図の歌”は宴の歌になっていた。
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3.料理と酒
バロスが大きな鉄鍋をかき回す。
「おーい、できたぞ! 根菜と獣肉のシチューだ!」
香ばしい匂いが広場を満たす。
隣ではボリスが持ち込んだ酒瓶を振り、「富山で仕入れた米酒だ! 飲めるやつから行け!」と豪快に笑う。
獣人たちは耳をぴくぴく動かして香りを確かめ、ゴブリンの子どもたちは皿を持って走り回る。
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4.文化の交差
獣人のグレイは仲間とともに勇壮な舞を披露し、コボルトの若者たちは太鼓を響かせて応える。
フェルナは弓を置き、エルフの仲間たちと風の魔法で炎を舞い上げる。
ティアはその炎に合わせ、夜空へ響く歌を紡ぐ。
光と音と舞。種族の違いはそこになく、ただ一つの輪を作っていた。
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5.遠方からの承認
ふいに、焚火の火が揺れ、夜風に混じって淡い光が立ちのぼった。
ヨゴリィが目を見開く。「……あれは、海の女神イケの光?」
光の中から、遠い海の匂いを帯びた声が響いた。
『ここで積まれた石と声は、海の民にも届いている。――アリアよ、我らもこの輪を認めよう』
ナーサイの凛とした声だ。続いてジャイカの澄んだ笑い声。
『堅苦しい承認は苦手だが、ここなら楽しそうだ。いいね、アリアンロッド!』
最後に毒クラゲのワィの泡のような気配がぷくりと響いた。
『……あやうい時には泡で守る。そういう縁も悪くない』
集まった者たちは顔を見合わせ、そして一斉に拍手した。
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6.杯を掲げる
アリアは焚火の光を背に、杯を手に立ち上がる。
「石は立ち、声は揃った。遠き仲間からも承認が届いた」
彼女の目が仲間たちを一人ひとりと見渡す。
「だが、この街にはまだ名がない。名があるからこそ、願いを宿せる。――だから、次は名を決めよう」
杯を掲げると、歓声が広がった。
ピピが歌い、フェルナの笛が重なり、獣人の太鼓とコボルトの足拍子が夜を震わせた。
サキュバスのティアの声は天へと昇り、セレスティアの微笑は静かな誓いを灯す。
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7.誓いの夜
焚火の輪は夜更けまで続いた。
誰もが胸の奥で思った――ここは、ただの集落ではない。ひとつの街になるのだと。
やがて、アリアは杯を下ろし、そっと呟いた。
「……名はまだなくとも、この街にはもう心がある」
その言葉に答えるように、四基の境界石が月光を受けて白く輝いた。




