アリアンロッド発展の章 第十四階層編 第2話:揺れる心と止める剣
艶やかな影が霧の奥から歩み出る。
黒紫の衣をまとい、白い肌と妖しく光る瞳。サキュバスが静かに笑みを浮かべた。
「ふふ……ただの魔物とは違うようね。あなたたち、少しは楽しませてくれるかしら?」
その瞬間、甘い香りが漂い、空気が揺らいだ。
仲間たちの意識を狙うように、幻惑が波のように押し寄せる。
◆
「くっ……」
シルが耳を押さえ、足をよろめかせる。
フェルナも矢を握る手が震え、視界が歪むのを感じていた。
だが一番強く影響を受けたのは――
「……!」
ヨハネスだった。巨剣を握る腕が震え、その眼差しは虚ろに。
サキュバスの幻影が心に入り込み、戦場ではなく甘い夢を見せていた。
「ヨハネス!」
アリアが駆け寄るが、彼の剣が仲間に向かって振り下ろされかける。
「……殺させはせん!」
アリアは刀を抜かず、正面から飛び込む。
巨剣が振り下ろされる寸前――アリアの手がヨハネスの腕をとらえ、体重を流す。
「はっ!」
四方投げ。
巨躯が宙を舞い、霧の床にどんと叩きつけられる。
「ぐっ……!」
ヨハネスは正気を取り戻すが、その目にうっすらと動揺が残っていた。
◆
サキュバスはくすりと笑う。
「力自慢の戦士でも、心を揺らせば簡単に刃は仲間へ向く……。あなたたち、本当に信じ合えているのかしら?」
「黙れ!」
シルが歯を食いしばって立ち上がり、短剣を構える。
「仲間を試すなんて、最低だ!」
フェルナも矢をつがえ、冷ややかに言い放った。
「揺らがせようとした心を、あなたに見抜けると思わないで」
◆
アリアは深く息を吐き、仲間の前に立つ。
「俺たちは刃を交えるためにいるんじゃない。互いを守るために戦うんだ」
その声に、ヨハネスの瞳がはっと揺れる。
「……私は……仲間を……」
彼は額の汗をぬぐい、剣を改めて握り直した。
サキュバスの笑みがわずかに陰る。
「……ふふ。面白い。なら、次は――彼女に聞いてみようか」
視線がルーンへと突き刺さる。




