アリアンロッド発展の章 第十四階層編 第1話:幻惑の回廊
十四階層へと降り立った瞬間、アリアたちは全身を湿った霧に包まれた。
視界は白濁し、足音すら吸い込まれるように消えていく。
「……この気配、ただの霧じゃないな」
オリビエが老いた瞳を細め、周囲に視線を巡らせる。
次の瞬間、闇の中から蠢く気配。
二十体――艶めかしい姿をした女型の魔族、サキュバスの部下たちが一斉に襲いかかってきた。
◆
「来るぞっ!」
シルが短剣を逆手に構え、矢継ぎ早に飛び込む敵を切り払う。だが彼女の刃は急所を外し、柄で叩くか浅く削ぐにとどまった。
「ぐっ……数が多い!」
ヨハネスが巨剣を振り上げる。火力なら一撃で薙ぎ払えるはず――
だがその刹那、アリアが前に出た。
「ヨハネス、待て!」
彼女は刀を抜かず、合気道の構えへ。
突進してきた淫魔の腕を掴み、滑らかに体を回転させ――
「はっ!」
入り身投げ。
悲鳴と共に二体が宙を舞い、霧の床に叩きつけられる。
さらに背後から迫る気配に対し、アリアは四方投げを繰り出す。
敵の力を利用し、別の敵の群れへ投げ飛ばす。
十字に投げられた身体がぶつかり合い、周囲の陣形が一気に崩れた。
「さすがアリアさん……!」
フェルナが驚嘆の声をあげつつ、矢を射て霧を裂く。彼女の水魔法が白濁を払い、敵の影が浮かび上がった。
◆
「くっ、こいつら……!」
ヨハネスが再び剣を握り直し、斬り伏せようとしたその瞬間――
「やめて!!」
ルーンの叫びが響いた。
彼女の額には冷や汗が浮かび、瞳はどこか怯えと決意が入り混じる。
「この人たち……自分の意思で戦ってない! 心が縛られてる……! だから、殺さないで!!」
その声に、皆の動きが止まった。
「……操られている、か」オリビエが低く頷く。
「ならば、手加減で止めるだけだ」
アリアもすぐに叫ぶ。
「聞いたな! 致命は避けろ! 投げて、峰打ちで、気絶させろ!」
「了解!」
「へへっ、面白くなってきた!」
仲間たちの声が重なり、戦い方は即座に切り替わった。
◆
アリアは呼吸投げで突撃してきた敵を掴み、霧の中へと吹き飛ばす。
シルは短剣の柄で相手の手首を打ち抜き、武装解除。
フェルナは水魔法で床を凍らせ、動きを封じる。
トットは闇魔術で「ペインバック」を展開、相手の痛みを返して戦意を削ぐ。
「ふんっ!」ヨハネスも剣を逆手にし、峰打ちで薙ぎ払う。
「……落ち着いたな」オリビエは部下たちの動きを読んで、最小限の打撃で制圧。
数で勝っていたはずの二十体が、次々と倒れ伏していく。
◆
やがて、霧の奥に気配。
艶やかな笑い声が響いた。
「……ふふ。よく見抜いたわね。私の可愛い下僕たちを、ただ斬り捨てるだけじゃないなんて」
霧を割り、美貌のサキュバスが姿を現す。
その瞳は妖しく輝き、ルーンをまっすぐ見据えていた。




