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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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アリアンロッド発展の章 第十三階層編 第13話 帰還の杯、風と雷の測定会

森の木々がほどけ、夕映えの広場がひらけた。

 祈りの火床から伸びる煙は細く、おだやかに空へ消えていく。丸太の卓が輪に並び、木皿と木椀がきちんと揃えられ、すでにいい匂いが風に乗っていた。


「おかえりーっ!」

 小さな足音。ピピが駆けてきて、ちいさな指を折りながら数える。

「いーち、にー、さーん……ピタッ! 全員、帰還っ!」

 周りが笑い、マキシが頭をなでる。「数えるの、上手くなったな。最後の“ピタ”が特にいい!」


 リマが控えめに手を振った。「皆、無事で何より。――さ、手を洗って。まず座って」

 カテリーナは卓の端で薬草茶をあたため、ルーンに目配せする。「傷、見せて。大丈夫?」

「平気。ほら、肩を三回叩く合図も今日は出番なし」ルーンが笑うと、トットが肩をすくめる。「叩かれたかったのかよ」


 鍛冶場側から威勢のいい声。「おう、帰ったか! 今日は“根菜と狩り鳥のスープ”じゃあ!」

 バロスが大鍋の蓋を持ち上げ、湯気がどっと広がる。続いて、もう一人のごつい影――ボリスが長柄の杓子を掲げた。

「鶏は森ん中でええ脂。根っこは甘い。塩は控え目、雷を抜けた体に染みる味にしてあるぜ」

「ウヒョー! 香りが“安全に”爆発!」イザベラが鼻をひくひくさせて手を挙げる。

「外で」とアリアを筆頭に三方向から即ツッコミ、広場に笑いが弾けた。


 輪の少し離れで、オリビエが腰を下ろす。「まずは報告を簡潔に。その後は杯だ」

 シャルルは板と炭筆を用意し、さらさらと見出しを書き出していく。《十三階層/雷鳴の庭/調律/成果》


「――まず一言」アリアが輪を見渡し、短く息を合わせる。「十三階層、完了。全員無事帰還。よくやった」

 コツンと木杯が軽く触れ合う。小さな音なのに、胸の内に響いた。



風と雷の戦利


 簡潔な経過報告のあと、シャルルが板をくるりと回す。「では“成果”の測定に入ろう。イザベラ」

「はーい! 安全な測定器、出します!」

 イザベラが布包みをほどくと、掌大の水晶盤と、黒銀の目盛りが刻まれた環状の器具が出てきた。

「魔力を通すと光るの。光が濃いほど桁が上がる仕様。爆発はしない。多分じゃなくて確実に!」

「……“確実に”の前置きが要るのが君らしい」オリビエが目を細め、アリアは「広場の外周でやろう」と念押しする。


 最初は基準値。ヨハネスが無言で手を当て、盤に淡い燐光がともる。

「……ヒソヒソ……これで“1”」

 続いてマキシが手を置くと、光は二段。

「お、守り系に変換されてるな」ボリスが唸る。「生の出力は控えめでも、密度が高ぇ」

 シルは軽やかに三段を灯し、ルーンは仲間モンスターの名を呼ぶと四段目がかすかに揺れた。

「共鳴で上がるの、面白い」シャルルがメモする。


 そして――フェルナが、水晶盤に細い指をそっと添えた。

 ひと呼吸。タン、タン、タン――ピタッ。

 盤の底に風が落ちるみたいな静かな音。次の瞬間、光が花開いた。

 一段、二段、三段……目盛りが追いつかない早さで跳ね上がり、黒銀の輪の縁まで透明な光が満ちる。さらに光は盤の外へ淡い帯となって溢れ、風鈴のような音色が広場にこぼれた。


「――――ひょえぇぇぇっ!?」

 イザベラが素っ頓狂な声を上げる。「こ、これは“測定器の上限”だ! ハイエルフ、出力が桁違い!」

「街ひとつ照らせる、ってのは比喩じゃなかったわけだ」バロスが腕を組む。「灯りの回路に丁寧につなげば、夜道が昼になる」

「いや、正確には範囲と負荷配分次第でそれ以上いける」エリオットが冷静に指を折る。「ただし安全に――」

「外で」四方から再び合唱が飛び、イザベラが元気よく敬礼した。


 フェルナは頬を染め、視線を落とす。「そんな、皆がいて……風が歌ってくれたから」

「歌は聞く者を選ぶ」アリアが穏やかに言う。「君の耳があったから、道が見えた」



守護の紋と影雷返し


「次、私だ」マキシが自分の盾を卓へ載せる。金属の縁に淡い紋様が浮かび、雷避けの粒が星座みたいに並んでいた。

 オリビエが手で沿わせ、確かめる。「――良い刻みだ。これは“守ると決め続けた時間”が作った紋だ。気休めではない。通った力を丸め、殺さず散らす」

「つまり、全部は止められないけど、刺さらない道に変えられるってことね」フェルナが補う。

「俺が前に立てば、後ろの皆は動ける。――それで充分だ」マキシは照れくさそうに笑い、ルーンが親指を立てた。「最高の壁!」


「じゃ、俺も」トットが短剣を掲げる。刃の闇紋に、細い雷の糸が一本だけ縫い付けられている。

「“影雷返し(ペインバック・ヴォルト)”――借りた雷をまとめて返す」

 彼は広場の端、外周へ移動すると、ルーンが合図を送る。ソラビトが上で低く一声、フチマモが端をトン。

 トットは短剣の腹で影をコツと叩き、小さな輪に黒釘を打つ。「影縫い」

「じゃ、軽く」イザベラがほんの微弱な放電石を外で点し、トットの足元へ転がした。

 影が稲妻を吸い、刃の紋が黒紫に脈打つ。トットは一度だけ息を止め――

「ペインバック・ヴォルト」

 細い雷線が曲がって走り、起点の石の上でぱちんと音を立てて消えた。


「おおーっ!」

 歓声の中、トットは手の痺れを振りほどきながら笑う。「受け過ぎはしない。返すために受け方を工夫する。それが今の俺の仕事」

「うん。痛いときは――」ルーンが近づいて、トットの肩をタン、タン、タン――ピタッと叩く。

「それそれ」トットがにやり。「合図で楽になる」


 ヨハネスが小さく頷く。「……ヒソヒソ……“返す”は……剣にも通ず……受けて、折る……」

 シルは腕を組み、「うちの縫い目と風の糸、噛み合わせいいわね。次は走りながらでも絡め取れるように練ろ」とやる気満々。

「外でね」アリアが微笑み、皆が「外で外で」と唱和した。



杯と作戦会議


 バロスの大鍋が二巡目を迎え、香草の香りが夜気にほどける。マリーヌが葡萄酒を配りながら微笑んだ。

「……ふふふ……“止まれる場所”があると、商いも心も落ち着きますね」

「なら今宵は止まりつつ進むぞ。ほらルラ、乾杯の発声だ」オリビエに促され、ルラが胸を張る。

「よーし、研究も戦も商いも、ぜーんぶまとめて“アリアンロッドの繁り”に! かんぱーい!」

 木杯が重なり、コツンとささやかに鳴った。


 ひとしきり笑いと食事の後、シャルルが板を広げる。「では、現実的な運用を。

 ――一点目、里の守りに“守護の紋”をどう組み込むか。ドッグ」

 ドッグが一歩前へ。「巡回線を三歩区切りで設計。合図は“足音・低・三拍目停止”。マキシの位置を固定しすぎず、押し返す節に配置する」

「“節”いいわね」リマが頷く。「退くのではなく、折り返すための止まり。里の人たちにも教えましょう」


 シャルルは二点目に移る。「“影雷返し”の安全域。トット、返す前の合図は?」

「ルーンが肩を三回叩く。俺が“受けられる”状態を明示。返す先は外。フェルナが風で細く“道”を作ってくれりゃなお良し」

「了解」フェルナが耳を立てる。「風に“細い路”をつくる。囁きも雷も、細くすれば怖くない」


「三点目、次の階層の選抜」

 アリアが杯を置き、皆を見る。「交代も含めて整える。止まれる場所が増えた。焦って踏み越える必要はない。

 ――今日は祝え。明日、“湖畔の風”で肩をゆるめてから、次へ」


「“湖畔の風”?」マキシが首を傾げる。

 ルラがにやり。「いい名だ。飲み会の隠語にもなる」

「……ふふふ……商人は言葉遊びが好きでね」マリーヌが杯を傾け、ルラの足をつつく。「飲みすぎは、最後の一杯で止めること」

「分かってるさ。ピタッとな」


 ピピがそれを聞いて、得意げに「ピタッ!」と真似する。笑いが輪になって広がった。



夜のはずれで


 祝杯は長引いた――が、荒れることはない。

 火床の灯が和やかに揺れ、歌と笑いが入れ替わり、時折、タン、タン、タン――ピタッの遊びが混じる。

 やがて人の輪がほどけ始めた頃、湖の方から涼しい風がするりと忍びこんできた。


「……風がいい」ボリスが鼻を鳴らす。「夜釣り、行かねぇか」

 エリオットが目を瞬く。「今!? いや、僕は記録の――」

「以蔵、どうだい」

 霊体の武士は焚き火の香りを吸い込み、目を細めた。「……斬り合いより、こういう夜の静けさが身に沁みる歳になったわ。行こうか」

「巡回のついでに付き添おう」ドッグが手短に言い、腰の警笛を確かめる。


 アリアはそれを見て、杯を軽く掲げた。「では後ほどもう一献。――外で」

 イザベラが「釣れたら安全に計測!」と指を突き上げ、ルーンが笑う。「やめてあげて」


 四つの影が、湖のほうへ細く延びていく。

 その先でどんな出会いが待つか――まだ誰も知らない。

 ただ、止まれる場所があるから、また歩ける。

 アリアは胸の中で三呼吸――ピタッと刻み、火床の灯を見守った。



幕間――湖畔の夜釣り宴

(ボリス・エリオット・以蔵、そして巡回のドッグ。

 釣果ゼロに業を煮やしたボリスが、アイテムボックスから本マグロをエサに投入。

 「もったいなーーい!」とエリオット悲鳴。

 ――その刹那、竿が弓なりにしなり、水面が跳ねる。

 釣れたのは、びしょ濡れで怒って笑う人魚のヨゴリィ。

 初対面の自己紹介、そして自然発生する湖畔の飲み会へ……)

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