アリアンロッド発展の章 第十三階層編 第8話 風を読む耳、光る矢
囁きの奥へ
祠を抜けると、さらに奥へと続く回廊が広がった。
空気は冷たく、湿り気を帯びた風が絶え間なく流れている。
その風はただの空気の流れではなかった。耳に届くのは、言葉にも似た囁き。
「……三歩進め……止まれ……矢を放て……」
フェルナだけに、はっきりと意味を持った声として聞こえていた。
彼女の耳は小刻みに震え、仲間に振り返る。
「みんな。聞こえる? 風が、……道を歌ってる」
ルーンは首を振り、「ただのざわめきにしか……」と呟く。
アリアは剣を軽く下げて、「フェルナの耳が頼りだ。合図を」
フェルナは弓を握り直し、歩みを合わせた。
タン、タン、タン――ピタッ。
仲間の足音と風の歌が重なり、道の先に薄い光の筋が現れた。
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双鬼、現る
その瞬間、回廊の空気が裂ける。
左右から二つの影――風の双鬼が姿を現した。
ひとつは巨躯、力の塊のように風をまとい、
もうひとつは囁きを強め、仲間の耳を惑わせる。
「……アリア、後ろだ!」
シルが飛び込み、影を駆けて短剣を閃かす。
「任せて!」トットが影縫いを広げ、囁きの双鬼の足を釘のように止めた。
だが声は止まらず、マキシが一瞬足を取られる。
「ぐっ……体が勝手に……!」
「マキシ、踏ん張れ!」アリアが声を張り、背を支えた。「止まる間を思い出せ!」
マキシは歯を食いしばり、胸を張って「ここは壁だ!」と叫ぶ。
巨躯の双鬼がその胸へ風の拳を叩きつける。
マキシは一歩退かず、ルーンが呼んだフチマモが尾で地を打ち、足場を強めた。
「行ける、今だ!」
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風見の矢
フェルナは深呼吸し、弓に風見矢を番える。
透明結晶が淡く光り、矢羽根が風の流れを震わせる。
耳に届くのは、仲間の声でも、囁きの幻でもない――風精の歌。
「……三歩進め……止まれ……狙え……」
アリアが同じリズムで足を踏み鳴らす。
タン、タン、タン――ピタッ。
仲間全員の呼吸と足音が揃い、その止まりに合わせて、フェルナの矢が放たれた。
ひゅるるる――
矢は風を裂き、光の筋を引いた。
囁きの双鬼の胸を貫き、幻惑の声が一瞬で霧散する。
「……片方、消えた!」ルーンが叫ぶ。
だが巨躯の双鬼はまだ立っていた。
風をまとい、再びマキシを押し潰そうと迫る。
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光る矢
フェルナの耳に再び歌が届いた。
「……今こそ、矢を……風とひとつに……」
彼女の瞳は青と緑に揺れ、弓に二本目の矢を番える。
風が彼女の背を押し、髪を舞い上げる。
「風よ、歌って――私の矢と一緒に!」
放たれた矢は、ただ飛ぶのではなかった。
風そのものと重なり、光を帯びて走った。
仲間の目に、それは“風の精霊が放った矢”に見えた。
矢は巨躯の双鬼の胸を正確に撃ち抜き、
ゴォォンと低い音を立てて崩れ落ちた。
風は静まり、囁きは消え、回廊にはただ仲間たちの息遣いだけが残った。
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戦いの後
シルが短剣を納め、肩で息をしながら笑う。「やっぱ、あんたの矢は頼りになるわ」
「……今の、矢が光ってた」ルーンが目を丸くする。
「フェルナの耳に、精霊の歌が届いたんだな」アリアが静かに言った。
フェルナは弓を胸に抱き、少し震える声で答える。
「まだ……進化の途中。でも、風が、確かに教えてくれたの。――“道を示す”って」
ヨハネスが囁く。「……ヒソヒソ……矢と風……同じ線に……なった……」
マキシは拳を握りしめ、「俺も、あんな矢に負けない壁になる!」と笑った。
アリアは深く息をつき、仲間を見渡す。
「止まれる間があるから、風は歌う。歌があれば、矢は導く。――次の層も、進もう」
回廊の先に新しい扉が見えた。
その隙間から、春のような柔らかな風が吹き込み、仲間の頬を撫でていった。
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次回予告――
第十三階層編 第9話「風精の祝福、ハイエルフへの道」
祠での祝詞、風精の顕現。
フェルナに“選ばれし者”としての兆しが現れ、仲間たちはその姿を見守る。
迷宮は次なる試練――“春風の庭”を開き始める。




