表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

400/666

アリアンロッド発展の章 第十二階層編 幕間その3 名付けと誓い

夕暮れが、森の縁をなでる。

 祈りの火床に最初の火が灯り、公園の草の先にこぼれていた露が、金の粒へと変わっては消えていく。丸太のベンチを半円に並べ、中央には小さな台。台の上に、ルーンが白い布を敷いた。布には小さな紋と短い言葉――タン、タン、タン――タンの印が刺繍されている。


「始めようか」ルーンが皆を見回す。「ティムした仲間たちに、名前を」


 輪の内側に、彼女の相棒たちが並ぶ。

 人懐っこい犬――バディはすでに名を持ち、尻尾を落ち着かなげに左右へ。

 空を巡る大鴉は、光の尾を引いてひとつ輪を描く。

 岩の縁を好む、ぴたりと張り付く岩トカゲ。

 そして、最近加わった二匹――森陰に棲んでいた、耳まで黒い暗羽やみばねの小さな鳥と、砂礫色の背をもつ砂鼬すないたち。この子たちはまだ名前がない。


「みんな、集まってくれてありがとう」アリアが軽く頭を下げた。「名前は呼びかけだ。呼べば、そこに道ができる。――さあ、ルーン」


「まずは大鴉から。いつも空の‘遅れ’を教えてくれる賢い子。黒い羽の縁に、薄い青が差す。私は……“ソラビト”がいいかなって」


 大鴉がひゅう、とひと鳴きし、火床の上で二度旋回する。

 フェルナが微笑んで手を挙げた。「私は“アオヌバタマ”って古い呼び名も好き。夜の黒、光の青。けれど、呼ぶには少し長いかもね」

 シャルルが頷く。「古語は調べておこう。記録には残す。日常で呼ぶには、ルーンの“ソラビト”が軽やかで良い」

 シルは尻尾をゆらし、「直感で“クルリ”って呼びたくなる。だっていつも一回、くるって回るから!」

 ピピが指を折りながら真似をする。「ク・ル・リ……トマル!」


 笑いが輪を柔らかくした。

 アリアが短く合図する。タン、タン、タン。

「では――空の友には、“ソラビト”。」

 呼びかけに応え、大鴉は空で一度、はっきりとクルリと回り、火床の火がふっと高く揺れた。


「次、岩トカゲ」ルーンが屈んで、つぶらな目線に合わせる。「この子はふちが好き。危ない縁もじっと守る。私の候補は“フチマモ”」


 オリビエが頷く。「良い名だ。列の背骨で縁を守る我々に似合う」

 マキシが「“ハリドメ”も渋い」と指を折る。「“はしを止める”って意味で」

 ヨハネスが小さく囁いた。「……ヒソヒソ……端……守る……良い……」

 シャルルが板に書く。“縁守、端止”。

 ルーンは微笑み、「“ハリドメ”は、技の名前として使わせて。名は“フチマモ”にしたい」

 トカゲは尻尾で石をタンと打ち、ベンチの脚の影――縁にぴたりと寄り添った。


「暗羽の仔は?」フェルナが手を挙げる。「森の影を抜けるとき、あの子が一番早く ‘遅れ’ を感じ取っていた。植物の名から取りたくて――“モリシノ”はどう?」

「しの、って“しのぶ”の“忍ぶ”?」ヨーデルが目を輝かせる。「影のなかで息をひそめるの、ぴったりだ!」

 マリーヌが静かに微笑む。「…森の中で…気配を忍ばせ…道を守る……素敵ですね」

 ルラが肘で小突く。「お、マリーヌの“素敵”いただきました」

 シルは暗羽の鳥の頭をそっと撫で、「モリシノ、走る子。いいね。呼んだら、影からぴょんって出てきそう」

 呼ばれたとたん、暗羽はふっと姿をずらし、火床の影から影へ、タン、タン、タン――タンと四つの影を渡って台の端へ現れた。

「……決まりだね」アリアが笑う。「森の影の仔、モリシノ」


「最後は砂鼬」ルーンが砂色の小さな背を抱きかかえる。細い体はやわらかく、耳の先が少し黒い。

「砂の上で‘遅れ’を拾うのが上手かった。砂を束ねる水の道に沿って走る。――候補は“サララ”」


 ピピが嬉しそうに両手を振る。「サ・ラ・ラ!」

 カテリーナが頷く。「走りの音が名前になっているの、好き。薬草も、名前が飲みやすさを連れてくるんです」

 ドッグが口元を緩める。「巡回の号令で呼びやすいのは大事だ。短く、通る名」

 ルーンが砂鼬の額に指先で小さな円を描く。「じゃあ、サララ。――走る時は合図に合わせて。タン、タン、タンで」


 名前を得た仲間たちは、まるで言葉の芯を飲み込んだように少しだけ変わった。

 ソラビトは輪の上空で風を撫で、

 フチマモは影の縁を巡って“端”を確かめ、

 モリシノは影へ影へ滑るように渡り、

 サララは砂の道の想像上をすっと走る。


 ルーンが胸に手を当て、息を合わせる。タン、タン、タン――タン。

 バディが一度だけ低く吠え、祈りの火床の炎が、拍に従ってゆっくりと揺れた。

 輪の外側で見守っていたグルーが、感心したようにかすれ声で言う。「名を置く。道ができる。……森が、そう言っとる」

 長老グバは目を細め、「名は重い。呼ぶたび、呼ぶ者の心も試される。忘れるな」と短く続けた。


「じゃあ次は……」ルーンが白布の端を押さえつつ、皆の顔を見渡す。「誓い。名前を渡したなら、守ると誓う。拍で」


 アリアは輪の中心に一歩進み、掌を胸に当てた。

「名前は呼びかけ。呼べば、そこに置き場所が生まれる。――私たちは、呼んだ名の行き先を守る」

 軽く顎で合図。

 タン、タン、タン。

 吸って――吐いて――止める。

「ここに生まれた道を、守り抜く」


 オリビエが続く。「盾は、刃を通すための面ではなく、暮らしを受ける面でもある。ここに暮らしが重なる限り、面を崩さない」

 ヨハネスが短く囁いた。「……ヒソヒソ……遅れを…見て……芯だけ……折る……守る……」


 シルが胸を張る。「外押しで逃がす。誰も角に押し込まない。しっぽも、胸も、まっすぐ」

 フェルナは矢を確認し、「水と風で“見る”。濁れば澄ます。道が見えれば、皆が行ける」

 シャルルが板を閉じ、「私は記す。拍の上書きも、仕掛けの理も。言葉は次の者の足場になる」

 ハルトは力強く。「合図を打つ。遅れを拾う。四拍目に“止”を置く」

 マキシは拳を握って。「壁になる。胴体を守る。前へ行って、後ろへ返す」

 リマは穏やかに微笑む。「里の盾でいる。子らが止を覚える場所を守る」


 輪の外から、商いの帳場にいたマリーヌの声が静かに重なる。

「…約束は…拍のように…守るほど…周りを…揃えます……」

 ルラが肩をすくめ、「俺の儲け話も、順序を踏むよ」と笑った。「信頼、価値、取引。止を忘れない」

 イザベラが白衣を翻し、「温風供給器は止を付けました! 安全!」と胸を張って、フェルナに「屋外でね」と睨まれ、小さくなった。


 輪の内で、名を得た仲間たちもそれぞれの拍で応える。

 ソラビトが上から影の遅れを告げ、

 フチマモが端を止めて道を示し、

 モリシノが影の間を渡り、

 サララが砂の帯をすっと伸ばす。

 バディはワンと一度。ピピは両手で指を折る。「イチ、ニ、サン……トマル!」


 火床の炎が、はっきり三度揺れて、最後に小さく沈んだ。

 その小さな沈み――止が、輪の全員の胸に、静かに落ちる。


「明朝、下りの準備に入る」アリアが皆を見渡した。「リマは里の盾。マキシが前衛。ハルトは“遅れ”を拾う。ルーンは名の合図を――呼べば来るよう、今夜のうちに拍を仕込んでおいて」

「任せて」ルーンはソラビトの喉元へ指を軽く当て、やさしく囁く。「タン、タン、タン――タン。呼んだら、ここへ」


 そこへドッグがやってきて、短く報告する。「巡回、交代。南の獣径……まだ火の匂いが薄く残っている」

「二拍の息ね」フェルナが即座に読み替える。「夜の湿りが下りるうちに、火の筋を見ておく」

 シャルルが頷き、板に殴り書きする。“南径、二拍、朝一確認”。

 バロスは槌を置き、「夜のうちに鍬の刃、一本だけ仕上げる。朝の畑が待ってる」と肩を回す。

 ボリスが火床の火を整え、「灯は朝まで揺らさん。戻る場所の止をつくる」と静かに答えた。

 以蔵がその横でひとつ笑う。「帰る場所がある剣は、斬らずにすむ道を見つけるもんじゃ」


 輪が自然に解けはじめ、各々の仕事へ散っていく。

 残ったのは、火床の前で立ち尽くすアリアと、隣に並んだヨーデル、マキシ、リマ、カテリーナ。

 マキシが空を見上げる。「名前って、すごいな。呼んだだけで、なんか道が見えた」

 カテリーナが穏やかに笑う。「薬もそう。呼び名があると、体が覚える。……拍も、体が覚えてる」

 ヨーデルはゆっくり言葉を選びながら、「僕ら、昔は呼ばれるだけで嬉しかった。今は、呼ぶ側にもなれるんだね」と呟いた。

 リマが頷く。「だからこそ、止を覚えてほしい。呼び過ぎても、置き過ぎても、道は崩れるから」


 アリアは四人の顔を順に見て、火床の炎へ視線を戻した。

 吸って――吐いて――止める。

「――行こう。呼べば来る仲間が増えた。守る拍も、増えた。だから、前へ進める」


 祈りの火が、風に合わせて軽く揺れ、静まる。

 ソラビトが高く一度だけ鳴いた。

 タン、タン、タン――タン。



次章予告:第十三階層編

“場”はさらに折り畳まれ、音と影の迷路へ。

ソラビト/フチマモ/モリシノ/サララ――新たな名が、迷宮で呼べる拍になる。

勝ち筋は増え、道は重なり、剣舞はもう一度アップデートされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ