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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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アリアンロッド発展の章 第十一階層編 第3話 連携の剣舞

湿り気をはらんだ冷風が、回廊の奥から細く吹き返してくる。岩肌の滴りが「トン……トン……」と一定の間隔で落ち、暗さの深さを測るメトロノームになっていた。

 アリアは鞘口に指を添え、全員を振り返る。


「今日は“型”を身体で言い切ろう。タン、タン、タン――合図は、呼吸と鼓動で受け取る」


 ハルトが深く息を吸い、石壁を指先で叩いた。

 タン、タン、タン。

 アリアの胸が、吸って――吐いて――止める。三拍がぴたりと合う。

 オリビエの心臓が、鎧の裏で静かに三つ響き、肩の力が自然に抜ける。

 シルの耳がぴくりと立ち、尻尾が同じテンポで一度、二度、三度揺れた。

 フェルナは弓弦に指を軽く触れ、弦が微かに震える音を三回だけ重ねる。

 ヨハネスの刃先は、鼓動に合わせて揺れないことを選ぶ。

 ルーンはバディの首筋に手をあて、犬の息を三拍に鎮めた。上空では大鴉が、回廊の端を三度旋回して暗がりの層を刻む。


「行こう」


1.乱れ陣


 角を折った瞬間、影が“線”ではなく“塊”でせり上がってきた。

 床から、壁から、天井の継ぎ目から――三方向。

 舌のように伸びる個体、波のように押し寄せる個体、壁に張り付きながら擦るように近づく個体。統一のない乱れ陣。


「川、引く」フェルナの囁きと同時に、床中央へ薄い光の筋が走る。

「薄霧、漂わせる」視界の輪郭が、白い粉砂のようにわずかに浮かび上がる。影の境界が見える。


 タン、タン、タン。

 右岸にシル、中央にアリア、出口にヨハネス、後衛中央にオリビエ。

 ルーンの大鴉は外側の暗さで一度旋回し、バディは息を止めて待つ。岩トカゲは“ぬかるみ”の縁に張り付いた。


 最初の一体が“川”に足を取られる。勢いだけが前へ。

 アリアの肩が半歩だけ後ろで受け――置き場所へ、重さを滑らせる。

 そこにヨハネスの刃が、寸分の狂いなく降りた。音はない。ただ、影の輪郭が一拍遅れて消える。


「右、二列」フェルナの声。扇状の“ぬかるみ”が展開。

 タン、タン、タン。

 バディが三度吠える。

 シルは右岸の内側から、外へ押し出す導線で駆ける。「飛燕斬り!」

 一閃目が足を払う。二閃目――「ダブルスラッシュ!」が、逃げ道の外へ押し出す角度で入る。

 押し出された影は薄霧で輪郭が濃くなり、フェルナの矢がそこに吸い込まれる。矢は燕返しの軌跡で壁を跳ね、二体目の脇腹へ釘を打った。


 背後。床を舐めるような個体が列の隙間へ――

 オリビエの盾が、ふわりと差し込まれる。押し返さない。受けて、いなす。

 重さが列に伝わらず、影だけが“川”へ滑っていく。

「抜かせるな」老騎士の声は低く穏やかで、三拍の中に正確に落ちた。


「左上、天井」ルーンの大鴉が二度旋回して警告。

「短・短!」ハルトの石音。

 フェルナの指がわずかに弧を描き、薄霧が天井近くで濃くなる。

 天井から落ちる個体の輪郭が光で縁取られ、シルの跳躍がそこへ。

「飛燕撃ち!」

 フェルナが矢を放つのと、シルの刃が空に走るのが同時。

 空と地の燕が交差した瞬間、落ちてくる影は二つに割れた。


 タン、タン、タン。

 呼吸が揃っている。鼓動が合っている。

 合図の前に、身体がそこにいる。

 アリアの“置き場所”に、重さが吸い込まれては、消えていく。


「……ヒソヒソ……三……四……五……」

 ヨハネスの囁きが数だけを刻む。斬るべき瞬間だけが、彼の世界に残っている。


 最奥から、ひときわ濃い影が前に出た。幅が広く、厚い。列の圧を押してくるやつだ。


「合図、三!」シャルルが短く叫ぶ。

 タン、タン、タン。

 フェルナが“ぬかるみ”を重ね、薄霧を扇形に濃くする。

「右岸、外押し!」シルが走り、

「中央、受ける」アリアが半歩落とし、

「出口」ヨハネスが刃先だけを下げる。

「後衛、塞ぐ」オリビエが縁を寝かせる。

「吠え、三回!」ルーンの声。バディが低く短く吠え、空の大鴉が影の最外をなぞる。


 厚い影が“川”に入る――足を取られ、勢いが前へ――置き場所に乗る――。

 アリアの肩が、その重さを抱え込まず、置く。

 置かれた重さは、ヨハネスの刃のためにある。

 刃が落ち――厚い影が、音なく割れた。


 回廊に、しん……と静けさが戻る。

 滴りがまた「トン……トン……」と遠くで鳴った。


2.呼吸の地図


 誰も、すぐには口をきかなかった。

 静寂は、緊張ではない。余白だ。

 フェルナが弓弦から指を離し、薄霧を払う。

 アリアは無意識のうちに、胸の中の三拍をたしかめる。吸って――吐いて――止める。


「……終わった、のか」ハルトが息を吐く。「音が……なんだか、舞のようでした」


「舞だよ」アリアが笑う。「剣舞。同じ拍で、同じ勝ち筋をなぞった」


「……ヒソヒソ……同じ……勝ち方……」


 シャルルが記録板に短く書く。

 ――“合図=リズム化。呼吸・鼓動・刃先が三拍で同期。

 置き場所=一点。勝ち筋=導線化。

 乱れ陣=場の重ねで整流。”


 オリビエが盾の縁を拭きながら、穏やかに言った。

「列が崩れる気配は一度もなかった。――良い型だ」


「水の糸、まだ余裕がある」フェルナが水袋を握る。「薄霧も保持できる」


「ティムたちも元気」ルーンがバディの首筋を撫でる。大鴉がくるりと輪を描き、岩トカゲが尻尾で床を叩いた。

「ねえ……もう一つ試したいことがあるの」

 ルーンの瞳に、少しだけいたずらっぽい光が宿る。

「“置き場所”を、二つにする。最初に軽いのを落として、重いのを二つ目へ流す」


「二段の置き場所か」アリアは顎に手を当てる。「できる。半歩前――半歩後ろ。私が呼吸で切り替える」


「……ヒソヒソ……前で……滑らせ……後ろで……落とす……」


「私は“二つ目の川”を細く引く」フェルナが指で空に線を描く。「最初の川で軽いのを捌き、二つ目で重いのの勢いを抜く」


「私、二つ目の川の外で“外押し”に専念する」シルが手早く短剣の柄を握り直す。「飛燕斬りは軽い方、ダブルスラッシュは重い方の背」


「後方は変わらず列を守る」オリビエが頷く。「抜け道を作らない」


「合図は?」ハルトが石を指でつまむ。


「タン、タン、タン――タン」シャルルが新しい打ち方を示す。「最後の“タン”は小さく。二段目を使う合図だ」


「わかった」ハルトが練習する。タン、タン、タン――タン。

 呼吸がそのテンポに合わせて波打つ。

 アリアの胸が、三拍で整い、四拍目でわずかに落ちる。

 オリビエの鼓動が、四拍目に“聞こえなくなる”ほど静まる。

 シルの耳が四拍目でぴくりと跳ね、尻尾が外を向く。

 ヨハネスの刃先が、四拍目だけほんの僅かに下がる。

 フェルナの指が水の糸を二本描く。

 バディの鼻息が静まり、大鴉が二層目の暗さをかすめ、岩トカゲが奥の縁に移動する。


「――行こう」


3.二段の置き場所


 さらに奥。回廊は広間へと口を開け、四本の通路が十字に交わる場所に出た。

 影が四方から、ゆっくりと起き上がる。乱れ陣が交差する。


「川、一つ目。薄霧」フェルナ。

 タン、タン、タン。

 影が川に入る。軽い個体が滑り、アリアの前の置き場所に落ちる。ヨハネスの刃。消える。

 重い個体が踏みこむ。勢いが抜けない。


「――二段目」アリアが胸の奥で四拍目を刻む。

 タン。(小さく)

 半歩、後ろ。二つ目の置き場所へ。

 重さがそこに移る。

 シルは背へ外押しで刃をかけ、フェルナの二本目の糸が足を奪う。

 ヨハネスは一拍の遅れもなく、後ろの点へ刃を落とした。


 四方同時の重圧が、舞台の中央で整流されていく。

 まるで黒い水が狭い導管を通って、一滴ずつに仕分けられるみたいに。

 オリビエの盾は十字の背骨となり、後ろを一度も揺らさない。


「左、細いのが抜ける!」ルーンの声。

「任せろ」オリビエが軽く縁を当てる。柔らかな弧。

 影は押し返されるのではなく、自分で道を変えて川へ戻った。

 すでに出口にはヨハネスの刃があり、そこには遅れが存在しない。


 タン、タン、タン――タン。

 呼吸の書き込み通りに、勝ち筋だけが残る。

 やがて広間は、滴りの音だけになった。


4.剣舞


「……綺麗だった」ハルトがぽつりと言う。「音が、みんなの中で同じに鳴ってて……敵だけ、遅れて消えていく」


「それが“剣舞”さ」アリアは鞘に刃を返し、軽く息を吐く。「剣は重なって、盾になる。呼吸は重なって、場になる」


「……ヒソヒソ……遅れが……敵だけ……」ヨハネスの囁きが、滴りに紛れて消えた。「……良い剣……」


 フェルナは弓を肩に戻し、確認するように言う。

「二段目の置き場所、問題なし。薄霧の濃度はこれ以上上げない方がいい。視界の縁が白くなり過ぎる」


「ティムたちも余力あり」ルーンが笑う。「バディ、よく頑張ったね」

 バディは一度だけ低く吠え、大鴉は広間の天井で最後の輪を描き、岩トカゲは満足そうに尻尾で石を叩いた。


 シャルルは記録板の最後に、一行を書き足す。

 ――“タン、タン、タン(三拍)+タン(二段目)。舞=戦術化。

 型は、勝ち筋を残すための地図。”


「切り上げよう」アリアが皆に目で合図する。「十分すぎる成果だ。成果は地上で価値になる」


「賛成だ」オリビエが頷く。「勝ったその足で帰還するのは、良い兵の習いだ」


 帰り道、足音は小さく、息は整っている。

 道しるべの粉は、来るときよりも明るく見えた。

 “川”も“ぬかるみ”も“置き場所”も、もう心の内側に描かれている。


 転移門の白光の前で、ハルトが石を一度だけ叩いた。

 タン。

 それは合図ではなく、礼だった。

 回廊と、自分たちの呼吸に。



 地上に戻ると、夕靄が街路を淡く包みはじめていた。

 シャルルは記録を役所へ回し、バロスとイザベラが目を輝かせて「どうだった?!」と詰め寄る。

 アリアは笑って手を上げた。「今日は舞の稽古。次は下の層へ、地図を持って降りる」


 シルが尻尾を揺らし、ルーンがバディの頭をわしゃわしゃ撫で、フェルナは「蜂蜜水、もう一杯」と小さく言う。

 オリビエは静かに鞘を撫で、ヨハネスは短く囁いた。


「……良い…剣の…日……」


――第十一階層編・了

(次章より「第十二階層編」へ。新たな地形と、型の応用――“場”を折り畳み、勝ち筋を増やす戦いへ)

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