夏を迎える準備・第二話
火精霊との出会いと夏祭り前の誓い
森の火柱
翌日、森の外れで異変が起きた。
「火だ!」ハルトの叫びに皆が駆けつけると、木々の間で小さな火柱が燃えていた。
けれど炎の勢いは尋常ではない。周囲の枝を焦がしながらも、不思議と広がらず一点で揺れている。
「……これはただの火じゃない」フェルナが目を細めた。
シルは耳をぴんと立て、低く呟く。
「精霊の気配」
炎の中から姿を現したのは、燃えさかる鬣を持つ少年のような存在。
火精霊だ。瞳は真紅に燃え、声は焚き火の爆ぜる音のように響いた。
「我は火。夏の熱をもたらす者。お前たちは、この力に耐えられるか?」
子どもたちは思わず後ずさる。オリビエが前に出て剣を抜き、静かに言った。
「火精霊よ、争うつもりはない。我らは火を畏れ、だが火なくして生きられぬことも知っている」
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火の暴れ心
しかし火精霊は、炎を揺らして怒ったように叫んだ。
「人は火を恐れ、同時に乱用する! 我を尊ばぬなら、森を焼き尽くすぞ!」
熱風が吹き、子どもたちが悲鳴を上げる。
フェルナが急ぎ風魔法で冷気を呼び、炎の勢いを抑えた。
「暴れるだけでは誰も近づけない!」
「そうだとも!」
バロスが一歩前に出た。手には小さな炉が抱えられている。
「見ろよ、火は暴れるより“支える”方が役に立つ!」
彼は炉に火を灯し、炎を弱く、一定に保った。
「弱火なら鉄を焦がさず鍛えられる。穀物も焦げずにふっくら膨らむ。火を乱すより、落ち着かせた方が強いんだ!」
火精霊はその光景をじっと見つめ、炎の揺らぎを小さくした。
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皆の声
リマが盾を地面に置き、静かに言った。
「火は攻めるためではなく、守るために使うこともできる。冬を越えた子どもたちが、その証」
ヨーデルが手を挙げて叫ぶ。
「質問! 火はどうして熱いの!? でも、なぜ心まで温めるの!? どうしてご飯が美味しくなるの!?」
火精霊は目を見開き、ふっと笑った。
「……それは我にも答えられぬ。ただ、お前たちが共に喜ぶから、火は燃えるのだろう」
シルは短剣を納め、真剣に言葉を添えた。
「なら、暴れるより共に燃える方がいい」
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夏の誓い
広場に戻り、夜に大きな焚き火が組まれた。
火精霊はその中に宿り、赤々と燃え盛る。
オリビエが杯を掲げる。
「夏を恐れず、しかし油断せず。我らは火を敬い、共に過ごすことを誓う」
シャルルが続けた。
「記録を守り、分け合いを忘れぬ限り、火は我らの敵にはならぬ」
皆が声をそろえた。
「はい!」
ピピは氷室から少しだけ氷を取り出し、果実を冷やして皆に配った。
「これで夏の始まりを祝おう!」
子どもたちは歓声を上げ、冷たい果実をかじった。火精霊はその光景を見つめ、焚き火の中で小さく笑った。
「よい。夏を越えよ。そして次の季節へ進め」
夜空に火の粉が舞い、夏の幕が静かに上がった。
(幕)




