春の小冒険 第二話 交易の始まり
森に現れた訪問者
花祭壇を作った翌日、アリアンロッドの広場に見慣れぬ影が現れた。
背に大きな荷を背負い、毛並みの立派な狼獣人の男が先頭に立っている。その後ろには猫耳や熊耳を持つ仲間たちが数名。
「……これは驚いた。こんな大きな街が森の奥にあるとは」
広場にいた子どもたちが一斉に駆け戻り、「獣人だ! 知らない人たちが来た!」と叫んだ。
すぐにオリビエが前に出て剣の柄に手を置く。
「ご用件は?」
狼獣人は両手を挙げ、落ち着いた声で答えた。
「争う気はない。私は交易を生業とする商人だ。花の香りに導かれてここに来た。もしよければ品を見せたい」
フェルナが静かに観察し、シルは狼耳をぴくりと動かした。
「……嘘ではない」
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獣人たちの品
彼らは荷を広げた。
•厚い 毛皮 ……まだ春先、夜の寒さを防ぐのに最適。
•森の奥でしか採れない 香草 ……料理や薬に役立つ。
•小さな 鉄鉱石の塊 ……鍛冶師が喜ぶ素材。
「これは……」バロスが目を輝かせた。
「良い鉄だ! これなら武器でも農具でも、何でも作れる!」
カテリーナは香草の束を手に取り、香りを確かめる。
「薬にも茶にもなるわ。とても貴重」
リマは毛皮を広げ、子どもたちに掛けてやった。
「肌触りが柔らかい……これなら病弱な者でも寒さに耐えられる」
ピピは帳面を広げ、目をきらきら輝かせる。
「これ全部と交換できるものを考えなきゃ!」
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アリアンロッドの返礼
「我らが差し出せるのは何か?」とオリビエが問う。
フェルナが微笑んだ。
「干した果実、蜂蜜、保存食。それに水路で作った清らかな水」
ピピが数を確認する。
「干し果実は樽に三つ、蜂蜜は壺が五つ! 交換できる分は十分ある!」
マキシは果実を一つ差し出し、獣人商人に食べさせた。
「うまい!」と驚く声が返る。
「これほど甘いものは、私たちの集落にはない」
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契約の杯
話し合いの末、双方が納得できる条件が整った。
オリビエが厳かに言う。
「争わず、分け合う。それがこの街の決まりだ」
その言葉に応えるように、シルと小妖精たちが花を編み込み、小さな杯を飾った。
「これを“契約の杯”に」フェルナが告げる。
獣人の商人は深く頷き、杯を受け取った。
「これからは春ごとに訪れよう。この街と我らの村は、互いに支え合う友だ」
ヨーデルは目を輝かせて叫ぶ。
「質問! 次はどんな品を持ってきてくれるの!? 毛皮? 石? それとももっとすごい宝物!?」
「それは次の春のお楽しみだな」商人は笑った。
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新しい絆
宴のようなにぎわいの中、毛皮が広場を温め、香草の香りが漂った。
鉄鉱石はバロスの手で輝く道具に変わるだろう。
そして干した果実や蜂蜜は獣人たちの集落で、春のごちそうになるに違いない。
オリビエが最後に言葉を結んだ。
「今日を忘れるな。交易はただの取引ではない。互いの命を支え合う約束だ」
花精霊の香りを残した春風が広場を駆け抜け、アリアンロッドに新しい絆の証を運んでいった。
(春の小冒険・完)




