幕間 冬祭りの灯り
準備の朝
冬の〈魔鏡〉は、朝から静かな雪に包まれていた。
広場ではすでにゴブリンたちが雪を固めて灯籠を作り始めている。ピピが鼻をひくつかせ、手際よく雪を丸めていた。
「こっちは甘味屋台の準備もあるからね! 雪団子に苔粉糖をまぶして出すんだ!」
シルは子どもたちと一緒に雪を積み上げ、飾りをつけていた。狼耳をぴくりと動かし、笑顔で子どもたちを手伝う。
「上の方は危ない。わたしがやる」
木登りの要領で軽やかに積み上げ、雪灯籠の窓を空けると「わぁ!」と歓声があがった。
バロスは大きな氷塊に向かってハンマーを構えた。
「見てろよ! 今年は“竜の像”を仕上げてやる!」
氷を削るたび、きらきらと光が散る。ヨーデルがすかさず質問する。
「どうして削ると光るの? 氷は透明なのに!」
「細かい傷に光が反射するんだ!」
「なるほど!」
フェルナは氷の中に光の魔法を仕込んでいた。
「灯籠の火が届かないところも、魔法の光で照らすの。青い光は氷と相性がいいのよ」
リマは子どもたちに踊りを教え、カテリーナは薬草を煮込んで温かい茶を配る。
「甘いだけじゃなく、体を温める香りをね」
オリビエは広場の中央で全体を見渡し、雪かきを手伝う若者たちに声をかけていた。
「足元に気をつけろ。転んで怪我をすれば、祭りどころではなくなる」
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祭りの始まり
日が傾きはじめると、雪灯籠に次々と火がともされた。
白い雪が橙に染まり、氷の竜の像は青白く輝く。
「すごい……」リマが息をのむ。
「おお、立派なものだ」オリビエも感嘆の声をあげた。
子どもたちは雪合戦に夢中で、マキシが率先して盛り上げていた。
「こっちに投げろ! 盾はリマが受けてくれるぞ!」
リマは仕方なさそうに盾を構え、子どもたちの雪玉を受け止めて笑う。
カテリーナは「薬草酒」と「薬草茶」を並べ、大人たちが列を作っている。
「体が芯から温まるわよ」
「こりゃありがたい」バロスが一杯あおって笑った。
ピピの屋台は長蛇の列。
「一人二個まで! ……いや、三個まで!」
結局、甘味を分けすぎて「在庫が減っちゃった!」と慌てる姿に、周りは大笑いした。
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小さな出来事
氷の竜の像の前で、ふわりと冷たい風が舞った。
「また来たのか……」フェルナが気づく。
そこには雪精霊が浮かんでいた。前に氷室を揺らした、あの小さな存在だ。
「壊さないでね」シルが真剣な目を向けると、雪精霊は首を振った。
「今日は壊さない。みんなと遊びたい」
雪精霊は氷の竜に触れ、ほんの少し揺らした。すると竜の目がきらりと光り、灯籠の光が反射して広場いっぱいに散った。
「わぁ!」子どもたちが声を上げ、氷の竜はまるで生きているように輝いた。
ヨーデルはすかさず手を挙げる。
「質問! 光を操れるのはどうして!?」
雪精霊はにこにこしながら答えた。
「氷は光を集める。わたしが少し動かすと、光は跳ねる」
ヨーデルは興奮してノートを広げ、夢中で書き込んだ。
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夜のクライマックス
夜になると、雪灯籠が一斉に輝き出した。氷の竜の像も、雪精霊の加減でまばゆく光る。
「すごい……まるで星が降ってきたみたい」リマがつぶやく。
「これが冬祭りか!」マキシが拳を握る。
フェルナが弓を手に取り、弦を軽く鳴らすと、それが合図のように歌が始まった。子どもたちの声、大人たちの声が混ざり合い、雪に反響する。
雪精霊はその輪に入り、小さく舞い踊った。
「この光が春を呼ぶ」精霊が囁くと、焚き火の火が高く燃え上がった。
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締め
祭りの最後、オリビエが声を上げる。
「春はまだ遠い。だが、こうして灯りを囲めば寒さも恐れることはない」
皆がうなずき、杯を掲げた。
カテリーナは薬草茶を注ぎ、リマは笑顔で子どもたちを抱き寄せた。
シルとフェルナは並んで灯籠を眺め、バロスは氷の竜に満足げに腕を組む。
マキシとヨーデルは最後まで雪合戦を続け、ピピは帳面に「祭り、大成功!」と大きく書き込んだ。
雪精霊は最後に小さく手を振り、雪の粒となって夜空へ溶けていった。
冬は厳しい。けれど、灯りと笑い声があれば越えていける。
春を待つ気持ちは、もうアリアンロッド全体に広がっていた。
(幕)




