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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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剣心行路編・第六幕 合気の庭へ(後編)「還す手、結ぶ拍」


【前書き】


争いを止めるとは、勝つことでも、退くことでもない。

ただ、道を還すこと。


剣で光を渡し、掌で拍を結ぶ。

その間にこそ、「生かす力」が宿る。


今、アリアは“剣を置いた手”で、

人を還すための一歩を踏み出す。




一 秋の朝稽古


神社の境内に、朝日が差し始めた。

空気は冷たく、息を吸うたびに胸が澄んでいく。


鳥居の下で、清水正吾が袴の裾を整える。

「今日は、“還す手”を教えよう」


アリアは深く礼をした。

「よろしくお願いします」


清水はゆっくりと構えを取る。

その姿は、まるで木の幹のように動かず、

それでいて風に揺れる枝のようにしなやかだった。


「合気の手は、相手を止めるためのものではない。

 相手の帰り道を作るためのものだ。

 手で押すのではなく、“拍”で導く」


アリアは掌を向かい合わせ、呼吸を整える。

北辰での“問い”、直心での“澄み”、

そのすべてをこの一瞬にまとめて——“置く”。


清水がゆっくりと歩み寄る。

拍が、寄る。

風が止まる。


アリアは軽く一歩、前へ。

同時に、清水の腕が柔らかく曲がり、体がくるりと回転した。


押してもいない。

引いてもいない。

ただ、触れた瞬間に、道が生まれた。


地に落ちる音はない。

草の上に、そっと風が座ったようだった。


「……これが“還す手”だ」

清水の声が、風に溶ける。

「相手を変えようとするな。

 その拍のまま、“還れる場所”を示すだけでいい」


アリアは掌を見つめた。

指の先にまだ、柔らかな拍の余韻が残っていた。



二 響きの稽古


昼下がり。

神社の境内には、地元の子どもたちの笑い声が響いていた。

愛菜とおばあちゃんが差し入れを持ってきて、

湯気の立つ豚汁とおにぎりを手渡す。


「先生、これ食べていきなま。アリアちゃんもお疲れやちゃ」


清水は笑って受け取った。

「ありがとな。拍も腹も、満たしてやらにゃ稽古は進まん」


子どもたちが境内の隅で真似をして、

「えいっ、やぁ!」と見よう見まねの“合気ごっこ”。

アリアは笑いながら見ていた。


(争わない強さ……。

 もしかしたら、これが本当の“護り”かもしれない)


清水が空を仰ぎ、

「この空の広さを手に入れられたら、もう剣はいらん」

と静かに言った。


アリアはその言葉に頷いた。

「剣も、手も、拍も、

 すべて“還す”ためにあるのですね」



三 結ぶ拍


午後の稽古。

清水は道着の袖を整え、

アリアに一枚の木札を見せた。


そこには筆で「結拍けっぱく」と書かれている。


「最後に伝えるのは、これだ。

 “拍を結ぶ”技。

 剣で斬らず、手で押さず——

 心と心の拍を結ぶことで、争いを止める」


アリアは深く息を吸った。

(問い、応じ、照らし、還し……そして、結ぶ)


清水が一歩、近づく。

アリアも一歩、寄る。


二人の呼吸が合った瞬間、

空気がふっと変わった。


それは風でも、力でもない。

“音のない響き”が、境内全体に広がった。


次の瞬間、アリアの掌が清水の腕に触れ、

互いの拍が、重なった。

押しも引きもなく、ただ寄り添う。


鳥の声が遠くで止まり、

世界が一瞬、静かになった。


「……これが“結拍”だ」

清水が囁く。

「人は争うと、拍を切る。

 だが、お前は結べた。

 その剣はもう、誰も傷つけん」


アリアは掌を胸に当てた。

そこには剣ではなく、呼吸の拍があった。



四 帰る場所


夕暮れ。

境内の空が茜に染まり、鳥がねぐらへ帰っていく。

清水が最後の礼を述べ、アリアに木札を渡した。


「“結拍”の札。お前の剣が、人を結ぶ日が来る」


アリアはそれを両手で受け取り、

深く頭を下げた。

「ありがとうございました、師匠」


おばあちゃんと愛菜が、参道の先で手を振る。

「おつかれさまー!晩ごはんできとるよー!」


アリアは振り返って笑った。

「はい。今行きます!」


清水はその背中を見送りながら、

低く呟いた。


「……剣の子が、“結び”を得たか。

 なら、もう争いの夜は来んだろう」


風が鈴を鳴らす。

アリアの背に、静かな音が寄り添った。




【あとがき】


この章では、

アリアが**剣の理(問い・応じ・照らし)**を、

**手の理(還す・結ぶ)**へと昇華させました。


清水正吾師範の言葉——


「止めるんじゃない、“還す”んだ」

「拍を結べば、争いは途切れる」


剣の旅はここでひと区切りを迎え、

アリアの中で「生かす力」として再構築されました。


次章では、いよいよ再会の地。

ヨシダ、洋一、愛菜、そしてアリアの“縁”が再び交わり、

物語は**剣を超えた“縁の道”**へ。



→次回予告

「剣心行路編・最終幕 縁環えんかん――道を渡す者たち」


光と影を超えて、

アリアが見つけた“人と人を結ぶ道”が、

再び世界を動かしていく。


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