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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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剣心行路編・第六幕 合気の庭へ(前編)――争いを終わらせる手

【前書き】


直心影流で“心を映す剣”を得たアリアは、

剣を置き、人の手で争いを止める道を求めた。


それは――“合気”の世界。

剣ではなく、拍と呼吸で人を制す術。


帰郷の地、富山。

おばあちゃんの庭に吹く秋風が、

新しい稽古の始まりを告げていた。





一 帰郷


富山駅に降り立ったアリアは、

秋の空の高さに目を細めた。

赤とんぼがゆらりと飛び、遠く立山の稜線が薄く霞む。


改札を抜けた瞬間、

聞き慣れた声が響く。


「おかえり、アリア!」


愛菜が大きく手を振りながら駆け寄ってくる。

「もう、ほんとびっくりしたんだから!

 千葉行ったと思ったら、いつの間にか“剣の修行終わった”って!」


アリアは照れくさそうに微笑んだ。

「はい。ようやく“斬らない剣”を覚えました」


「……それ日本語で聞くと、なんか矛盾してるね」


おばあちゃんも玄関から顔を出した。

「帰ってきたかい。ほれ、もう風が冷たいよ。入んなま」


靴を脱ぐと、木の香りが胸に広がる。

懐かしい畳の感触。

ここに戻るたびに、剣ではなく“人の匂い”がするのを感じる。



二 師の名


夕飯の席。

炊きたてのコシヒカリに、里芋の味噌汁、

そして秋鮭の塩焼き。


湯気の向こうで、アリアは切り出した。


「おばあちゃま……この地に、“合気”の師がいると聞きました。

 剣を置いて、人を止める術を学びたいのです」


おばあちゃんは、箸を止めて頷いた。

「おぉ、清水先生のとこやな。

 朝の神社で太極と一緒に合気の稽古もしとるわい。

 昔は警察にも教えとった人や」


「清水先生……?」


愛菜がうどんをすすりながら笑う。

「うちの親父も前に会ったことあるんだって。

 “あの人の投げは止まらん”ってさ」


アリアの目が光る。

「……では明日の朝、参ります」


おばあちゃんは茶碗を置いて言った。

「気ぃつけて行っておいで。

 あの先生、“剣より静かに怖い”人やからな」



三 朝の神社


翌朝。

霧がかかる参道。

境内の砂利がしっとりと湿り、杉の香が濃い。


鳥居の向こうで、人々が円になっていた。

年配の女性たちがゆったりと腕を回し、

太極拳の動きで朝を迎えている。


その中央に、一人の老人がいた。

白髪に黒帯、背筋が一本の線のように通っている。


「清水正吾です。

 北辰と直心の書を見せてもらいました」


アリアは礼をして言葉を継ぐ。

「剣で斬らずに照らすことを学びました。

 次は、手で争いを止める術を学びたいのです」


清水は穏やかに笑った。

「剣から手に戻るとは、珍しい弟子だ。

 だが、道は一つだ。“拍”が同じならな」


彼は掌を軽く上げた。

次の瞬間、アリアの体がふわりと浮いた。

何もされていないのに、

重心が自然と後ろへ流れ、草の上に柔らかく落ちた。


「な……いま、何を……?」


「“気を渡した”だけだよ。

 お前の心が前へ出た瞬間、道を開いてやった」


アリアは、木の葉の冷たさの中で目を見開いた。

(拍……息……剣の時と、同じだ)


清水は静かに立ち、言葉を継いだ。

「剣も合気も、“相手を倒す”ためのものではない。

 相手が戻る場所を残すための術だ。

 争いを終わらせたいなら、“戻す”ことを学べ」


アリアは深く頭を下げた。

「教えてください。争いを終わらせる手を」



四 稽古の始まり


朝霧のなか、稽古が始まった。


清水が手を差し出す。

「まず“受け流し”だ。

 相手が押す、その力の拍を感じろ。

 そして、外すのではなく、“添う”」


アリアが両手を合わせ、軽く押し出す。

清水はその力を受け、掌を返して……

アリアの力をまるごと空へ放った。


「拍が前へ出すぎている。

 剣の拍では押し返せるが、合気では“重なって”止まる」


何度も、何度も。

押し、返され、流される。

だが、不思議と痛みはない。

むしろ、受けるたびに心の中心が柔らかくなっていく。


愛菜とおばあちゃんが参道の端で見守っていた。

「……あれ、投げられてるのに楽しそうやちゃ」

「まぁ、“気”の稽古いうのはそういうもんや。

 痛くないぶん、心に効くんやちゃ」



五 掌の静けさ


日が傾くころ、清水は稽古を止めた。

「今日はここまで。

 剣での“渡す”を、手でやるのは骨が折れるだろう。

 だが、お前ならいける」


アリアは掌を見つめた。

白い肌に土と汗が混ざり、

そこに確かに“道”の拍が残っている。


「……この掌で、争いを止められるでしょうか」


「止めるんじゃない。還すんだ」

清水は空を見上げた。

「人は争いをする時、自分の居場所を見失ってる。

 だから、その“帰る道”を一瞬でも見せてやる。

 合気とは、“帰路”を教える術だ」


アリアは深く息を吐いた。

夕日の赤が境内を染め、風が鈴を鳴らす。

(——剣で照らし、手で還す)

心の奥で、ひとつの拍が生まれた。





【次回予告】


剣心行路編・第六幕(後編)「還す手、結ぶ拍」


翌朝の稽古では、清水師範がアリアに

「手ではなく“拍”で人を導く」試練を与える。


心が動けば、相手が動く。

拍が乱れれば、世界が揺れる。

剣と合気のすべてが、ひとつの線で繋がる。


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