中国太極拳留学編 第6話 修行編①
翌朝。山あいの道場には、霧が立ちこめていた。鳥の声と川のせせらぎが響き、弟子たちがすでに中庭に並んでいる。
リリスも道着を借り、列の端に立った。白い布が朝露を吸い込み、ひんやりと肌に触れる。
「まずは立ち方からだ」
老師の声に合わせ、全員が腰を落とし、両足を地につける。
「大地を踏みしめ、根を張るように。だが力むな。木は風に揺れながらも倒れぬだろう」
リリスは足裏に土の感触を探した。――精霊の囁きが、かすかに伝わってくる。
⸻
「次に、呼吸を合わせる」
老師が腕を広げると、弟子たちもそれに倣った。
空気を掴むように腕を引き、胸の前で円を描く。ゆっくりと吸い、ゆっくりと吐く。
「気を押し、気を迎える。押し返すのではなく、流れを受け渡すのだ」
リリスは最初ぎこちなかったが、二度三度と繰り返すうちに、自分の呼吸と風の流れが重なりはじめるのを感じた。
掌の中に、確かに“流れるもの”がある。
⸻
隣に立つ若い門弟がちらりとリリスを見て、驚いたように小声を漏らした。
「……えらく早く馴染んでるな」
老師はその声を聞き取ったのか、ゆっくりと頷いた。
「この娘は自然とひとつに在る。だから気の流れを掴むのも早いのだろう」
リリスは頬を紅潮させ、さらに深く息を吸った。
「……大地と風が、わたしの中を通っている……」
その感覚は、台湾や富山で感じたものよりも鮮烈だった。
ここでは、森や川、山そのものが彼女を受け入れてくれている――そんな気がした。




