気球に乗った小さな騎士
サンマルノ王国の騎士団長の娘として生まれたアリアは、厳格な父の教えと病弱な妹ビアとの約束を胸に、騎士としての道を歩んでいました。しかし、妹の病は悪化の一途をたどり、アリアはどんな病も治すと言われる秘宝「星の光」を求めて、危険を承知で一人旅立つことを決意します。友人の助けを借りて、領主の気球に忍び込んだアリアでしたが、その旅路は思いがけない出会いと、新たな絆を紡ぐことになります。これは、一人の少女が、使命と優しさを胸に、未来の女騎士へと成長していく、希望に満ちた物語の序章です。
女騎士アリアの子供時代
アリアは、太陽の光が降り注ぐサンマルノ王国の騎士団長の娘として生まれた。代々王家に仕える家柄で、幼い頃から騎士としての道を歩むことが定められていた。彼女の人生は、訓練と勉強に明け暮れる日々。他の子どもたちが遊びに夢中になっている頃、アリアはただひたすらに、己の使命に向き合っていた。
厳格で口数の少ない父は、常にアリアに完璧を求めた。「騎士は、弱き者を守り、不正を正す存在だ。そのためには、誰よりも強く、誰よりも清くなくてはならない」父の言葉は、幼いアリアの心に深く刻み込まれた。しかし、そんな父も、アリアが風邪で寝込んだ時は、誰にも気づかれないようにそっと看病してくれる、不器用な愛情を持っていた。
アリアには、年の離れた妹、ビアがいた。ビアは生まれつき体が弱く、病気がちだった。アリアはビアのことが大好きで、訓練の合間を縫ってそばに寄り添った。ビアは、アリアが読んでくれる騎士物語を、目を輝かせながら聞いていた。
「お姉ちゃん、大きくなったら、私を守ってくれる?」
「もちろんだとも。私は、誰よりも強い騎士になって、お前を、そしてこの国の人々を、必ず守ってみせる」
この時の約束が、アリアの騎士としての道をより一層強固なものにした。
しかし、ビアの病は日増しに悪化していった。王国の医者たちは、みな首を横に振るばかりで、治す手立てはないという。アリアは、父の書庫で見つけた、旅の騎士の日記に、遥か遠い東の国に伝わる「星の光」という秘宝のことが書かれているのを見つけた。その秘宝は、どんな病も治すと言われているという。アリアは、ビアを救うため、一人旅立つ決意を固めた。
夜中にこっそり家を抜け出したアリアは、友人のニアから情報を得て、領主である伯爵が実験中の気球に忍び込んだ。そして、気球はゆっくりと夜空へと舞い上がった。
アリアは、気球の荷物の陰に身を潜め、息をひそめた。気球の中には、二人の男が乗っていた。一人は、伯爵の執事であるベルリッツ。もう一人は、気球の操縦士のイルへだ。二人の会話が、アリアの耳に届く。
「…執事様、本当に、こんな古い気球で大丈夫でしょうか?」
「心配ない。伯爵様は、実験の成功を心から望んでいらっしゃる。さあ、早く、準備を始めなさい」
アリアは、二人の会話を、緊張しながら聞いていた。
気球は、ゴンドラを軋ませながら、次第に高度を上げていく。風がごうごうと音を立て、寒さがアリアの薄い服に染み込んだ。しかし、アリアは身じろぎ一つせず、ただひたすらに耐え続けた。
何時間経っただろうか。アリアは、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ふと目が覚めると、気球は、朝焼けの空を飛んでいた。その光景のあまりの美しさに、アリアは思わず息をのんだ。
その時、ゴンドラの中に、ベルリッツが入ってきた。彼は、気球の操縦士に朝食を渡そうとしている。
「イルへ、これを食べておきなさい。この先、気流が不安定になる」
「ありがとうございます、執事様」
アリアは、再び眠ったふりをした。しかし、腹の虫が鳴り、アリアの存在が露見してしまう。
「ん? 今、何か音が聞こえなかったか?」
ベルリッツが怪訝な顔で、荷物の陰を覗き込んだ。アリアは、もう隠し通せないと悟り、そっと荷物から顔を出した。
「…あ…」
ベルリッツは、目の前に現れた幼い少女に、目を丸くした。アリアは、震える声で言った。
「あの…ごめんなさい…」
ベルリッツは、アリアをじっと見つめた後、ため息をついた。
「…君は、一体、誰だね? なぜ、こんなところにいる?」
アリアは、自分の身の上と、妹の病気、そして「星の光」を探すために旅に出たことを、正直に話した。ベルリッツとイルへは、アリアの話を黙って聞いていた。
話が終わると、ベルリッツは難しい顔をして言った。
「…なるほど。気持ちはわかるが、これは伯爵様に報告しなければならない。君は…」
アリアは、ベルリッツの言葉に、絶望した。きっと、家に帰されてしまう。そう思った瞬間、イルへがベルリッツを制した。
「待ってください、執事様。この子は、妹を助けるためにこんな所まで来るとても真面目で思いやりのある子ではないでしょうか?
僕には悪いことをする子には見えません。それに…この子のお手伝いがあれば、僕たちも助かるかもしれません」
イルへは、アリアに優しい眼差しを向けた。
「アリアちゃん、僕たちの手伝いをしてくれないか? そうすれば、伯爵様にも、この件を内密にできる」
「…はい! 喜んで!」
アリアは、イルへに深々と頭を下げた。こうして、アリアは、ベルリッツとイルへのお手伝いをすることになった。
アリアは、ベルリッツとイルへの手伝いを、一生懸命行った。アリアの仕事は、気球に積まれた荷物の整理や、イルへの食事の準備など、簡単なものばかりだった。しかし、アリアは、どんな仕事にも真面目に取り組み、手を抜くことはなかった。
ベルリッツは、アリアのそのひたむきな姿に、驚きを隠せない。
「…君は、本当に騎士団長の娘なのかね? まるで、見習い騎士のようだ」
「はい! 父からは、どのような仕事でも、真剣に取り組むように教わりました!」
アリアは、胸を張ってそう答えた。ベルリッツは、アリアの言葉に、静かに微笑んだ。
イルへもまた、アリアの真面目な性格に、感銘を受けていた。
「アリアちゃん、すごいね! 僕たちより、ずっとしっかりしてるよ!」
「そんな…まだまだです」
アリアは、照れくさそうに微笑んだ。アリアは、二人の優しさに触れ、心が温かくなった。
夜になると、アリアは、ベルリッツとイルへと一緒に、食事を取った。アリアは、二人の旅の話を聞くのが大好きだった。ベルリッツは、王都の貴族たちの噂話や、伯爵様の面白おかしい話をしてくれた。イルへは、空の旅の素晴らしさや、気球の仕組みについて、熱心に語ってくれた。
アリアは、二人の話を聞きながら、少しずつ、自分の心を開いていった。そして、三人の間には、不思議な絆が芽生えていった。
3日後、気球は、ヘンゲリヒトという領地に降り立った。ヘンゲリヒトは、伯爵様の領地とは違い、港町として栄えていた。
気球は、伯爵様の依頼で、領地内の様子を偵察するために飛ばされていたのだ。
「…アリアちゃん、ここから、東の国へ向かう船が出ている。このお金で、船に乗って、東の国へ行きなさい」
イルへは、アリアに、小銭の入った袋を渡した。
アリアは、イルへの優しさに、涙が止まらなかった。
「…イルへさん…ベルリッツさん…ありがとうございます…!」
「…いいんだ。君は、立派な騎士になるんだ。その旅路を、応援させてくれ」
ベルリッツは、アリアの頭を、優しく撫でた。
アリアは、二人に深々と頭を下げ、港へと向かった。
港には、たくさんの船が停泊していた。アリアは、東の国へ向かう船を探し、船長に声をかけた。
「…東の国へ、行きたいのですが…」
船長は、アリアを一瞥し、鼻で笑った。
「なんだ、こんな子供が一人で旅か? 危険すぎるだろう。それに…東の国へは、かなりの金がかかるぞ」
アリアは、イルへから受け取った小銭の入った袋を差し出した。
「…これでは、足りないか…」
アリアは、絶望した。東の国へ行くには、もっとお金が必要だ。
その時、アリアの背後から、ベルリッツとイルへが声をかけてきた。
「…船長さん、この子の船賃は、私たちが払います」
「…執事様…イルへさん…」
アリアは、二人の姿を見て、再び涙が止まらなかった。
ベルリッツとイルへは、アリアに微笑みかけた。
「…アリアちゃん、頑張ってきなさい。君の旅は、ここからが本番だ」
「…はい! 必ず、妹を治して、戻ってきます!」
アリアは、二人に別れを告げ、船に乗り込んだ。
船は、ゆっくりと港を離れ、東の国へと向かっていく。
アリアは、船の上から、ベルリッツとイルへに手を振った。
二人の姿が、だんだんと小さくなっていく。
アリアは、二人の優しさを胸に、東の国へ向かう船の上で、未来の自分に誓った。
「私は、必ず、立派な騎士になって、みんなを守ってみせる」
アリアの旅は、ここから、本当の始まりを迎えるのだ。
彼女の物語は、未来へと語り継がれていくだろう。
故郷を後にし、秘宝を求める旅に出たアリアでしたが、彼女は孤独な旅人ではありませんでした。気球で出会った執事ベルリッツと操縦士イルへとの間に生まれた温かい絆は、アリアの心に勇気と希望の光を灯してくれました。彼らの優しさに触れ、アリアは騎士としての信念をさらに強くすることができました。この旅の始まりの物語は、彼女がこれから出会うであろう多くの試練を乗り越えるための、確固たる土台となるでしょう。アリアの物語は、まだ始まったばかり。彼女が歩む壮大な旅路の続きを、どうぞお楽しみに。