王城最上階の死闘、そして闇の奥底で輝く光
幾多の犠牲を乗り越え、アリアはついに邪悪な王が待つ王城の最上階へとたどり着きました。
この国の闇の根源である王と、その側近メドゥーが待ち受ける中、アリアは最後の戦いに挑みます。
これは、かつての父の友人でありながら闇に堕ちた王の悲しい過去、そしてアリア自身の心に宿る光の力が試される、最終決戦の物語です。仲間たちの想いと、故郷で待つ妹ビアとの約束を胸に、アリアは絶望的な状況を打破できるのでしょうか。
すべての希望と悲しみが交錯する王城の最上階で、一人の少女がこの国の未来を賭けて剣を振るいます。
王城最上階の死闘、そして闇の奥底で輝く光……
王城最上階の死闘、そして闇の奥底で輝く光 前編
長い階段を駆け上がり、最後の踊り場を曲がった瞬間――アリアたちは、一斉に息を呑んだ。
そこは、王城の最上階にふさわしい豪奢な広間だった。
天井には黄金のシャンデリア。壁一面には大昔の戦勝を描いたタペストリーや、宝石を散りばめた武具が飾られている。赤い絨毯は、広間の中央まで真っすぐ伸び、その先――。
邪悪なオーラを放つ、黒い玉座が据えられていた。
玉座には、漆黒のローブをまとった一人の男が座っている。顔の半分は影に沈み、表情は伺えない。その隣に立つのは、痩せぎすの男。頬はこけ、鋭い目つき。顔には歪んだ呪紋のような模様が刻まれていた。
宰相――ギャブリエル。
アリアの背筋に冷たいものが走る。
王城の奥へ進むごとに、兵士たちの気配は減っていた。これはその理由だ。
恐怖に耐えられる者だけが、この階まで上がってこられる。
今、ここで向き合っているのは――この国の「核心」だ。
「……よく来たな、子供たちよ」
玉座の男が、静かに口を開いた。
その声は、低く、重い。
石壁に染みついた血と怨嗟が、そのまま言葉になったような――そんな響きだった。
アリアは一歩前に出て、玉座の男を真っすぐ見据える。
「……あなたが、この国の王……?」
「そうだ。そして、この国の――絶対的な支配者だ」
王は、ゆっくりと顔を上げた。影の中で、赤く濁った瞳がアリアたちをなめるように見つめる。
「そして……お前は、サンマルのノ王国、騎士団長の娘、アリアだな」
「っ……!」
アリアの心臓が、一度大きく跳ねた。
(どうして……私のことを……)
「どうして、私のことを……」
震える声で尋ねると、王は短く笑った。
「ふん。貴様の父親は、この国の出身であり――私の、かつての友人だったからだ。……何も聞かされていなかったのか?」
アリアの足が、絨毯の上で止まる。
「お父さんが……ここ、出身……? あなたの、友人……?」
「え……アリアさん……?」
背後で、ヨーデルが驚きに声をあげた。リマもマキシも、息を呑んでアリアを見つめている。
王はローブの袖を翻し、広間の空気をなぶるように手を振った。
「嘘ではない。あいつは、この国で私と共に――この国を救おうとしていた。邪悪な神に支配されていた、かつてのこの国を、な」
ゆっくりと、王は語り始めた。
かつてこの国は、闇の神の呪いに囚われていたこと。
王とアリアの父が剣を取り、命を賭して戦ったこと。
そして――敗北したこと。
「我々は、負けた。だが私は諦めなかった。私は……神の力を、手に入れたのだ」
王が、立ち上がった。
その瞬間、広間の空気が一気に冷え込む。
「陛下……」
隣に立つ宰相ギャブリエルの口元が、歪んだ笑みを形づくる。
王はゆっくりと、漆黒のローブを脱ぎ捨てた。
その身体は、闇のオーラに包まれていた。
皮膚の下で黒い血管が脈動し、背中からは黒い靄が噴き出している。肩や胸には、見たこともない闇の紋章が刻まれていた。
「私は、神の力を取り込み、この国の支配者となった。
この国の人間を闇に染め、新たな力を手に入れようとしている――何が悪い?」
「何が……悪いですって?」
アリアの中で、何かが切れた。
「そんなことは、絶対にさせない!! この国は……あなたのものじゃない!!」
叫ぶと同時に、アリアは駆け出していた。
だが、その前に、冷たい声が立ちふさがる。
「ふん。子供は、下がっているのだな」
宰相ギャブリエルが、一歩前に出た。
顔に刻まれた奇妙な模様が、ぼうっと不気味に光る。
「陛下の御前に近づくには、まずこの私を越えていけ。……もっとも、たどり着けはしまいがな」
ギャブリエルが杖を構え、空中に複雑な魔法陣を描いた。
「フリーズアロー!!」
次の瞬間、無数の氷の矢が生まれた。
天井すれすれまで伸びた魔法陣から、青白い矢が雨のように降り注ぐ。
一本一本が、普通の矢と同じ太さを持ち、先端には凍てつく魔力が凝縮されていた。
「アリア! 避けろ、その魔法は――危険だ!」
胸の奥で、シャルルの声が響いた。
遠く離れた場所からの、魔導通信だ。アリアたちの戦いを、どこか別の場所から見守っている。
「っ……!!」
アリアはとっさに横へ転がり、氷の矢の雨をかろうじて避けた。
床に突き刺さった矢が、一瞬で床石を凍らせる。
つららのように伸びる氷が、アリアの足首まで迫った。
「くっ……速い……!」
剣で弾こうにも、その本数と速度が違いすぎる。一本を受け止めた瞬間、別の方向から三本、五本と矢が飛び込んでくるのだ。
「まだまだ……!」
ギャブリエルが笑い、さらに魔法陣を重ねていく。
「炎弾魔法!」
今度は燃え上がる火球が数珠繋ぎになって生まれた。
青い氷と赤い炎。二つの属性が、めちゃくちゃな軌道でアリアたちを襲う。
「こんな狭い室内で……!」
マキシが盾を構え、アリアの前に立ちはだかった。
炎と氷の矢が盾にぶつかり、轟音と共に爆ぜる。
「ぐっ、重ぇ……!」
「マキシ! 無理しないで!」
リマが矢を番え、ギャブリエルへと狙いを定める。
「一矢くらい……いける!」
矢が放たれる――が、ギャブリエルは口元だけで笑った。
「氷壁」
宰相の足元から立ち上がった氷の壁が、矢を難なく弾き返した。
「な……!」
「子供のお遊びには付き合っていられん。――黙れ」
ギャブリエルが杖を振るう。
「電撃麻痺魔法」
紫の稲妻が、空気を裂いて走った。
狙われたのは――リマ。
「きゃっ――!」
矢を番えたままの腕に雷が直撃し、リマの体が痙攣する。
足がもつれ、そのまま床に膝をついた。
「リマ!」
「触るな、マキシ。今触れれば、貴様まで痺れるぞ」
ギャブリエルの冷たい声と共に、床を走る稲妻がマキシの足元をかすめる。盾の縁が黒く焦げた。
「こいつ……!」
「陛下。やはり、外の世界の子供など、この程度ですな」
ギャブリエルがクツクツと喉を鳴らす。
「闇に染まったこの国を救おうというのなら……せめて、命を賭ける覚悟くらい見せてみせろ」
「覚悟なら……とっくに決めてる!」
アリアが叫び、再び前に飛び出した。
フリーズアローを斬り払い、ファイアボールを紙一重で避ける。
「アリアさん! 僕も援護します!」
背後から、ヨーデルの声が飛んできた。
「ウォーターシュート!!」
ヨーデルの杖から放たれた水の砲弾が、氷の矢と火球の群れに突っ込む。
火は水によって鎮められ、氷は一瞬にして蒸気へと変わった。
「な……何だと!?」
ギャブリエルの目が、ほんのわずかに見開かれる。
「まだ、終わりません! アクアシールド!!」
ヨーデルは続けざまに、防御の魔法陣を展開した。
透明な水の壁がアリアたちを包み込み、飛び込んでくる氷と火から仲間を守る。
「水魔法……この属性相性は、さすがに鬱陶しいな」
ギャブリエルが舌打ちをする。
「ふん。だが、それで終わりだと思うなよ――」
再び、杖が振り上げられた。
「エレキパラライズ・スプレッド!」
先ほどよりも広範囲に、雷の網が広間を覆う。
床を這う電流が、水の壁にもじわじわと干渉し始めた。
「ヨーデル、シールドが……!」
「ごめんなさい、これ以上は――」
水の壁がびりびりと震え、ところどころが弾けて消える。
その隙間を狙って、ギャブリエルは次の魔法陣を描いていた。
「ファイアボール・ラッシュ」
小型の火球が、目にも止まらぬ速度で連射される。
「くっ――!」
アリアは、防御のために剣を構えざるを得なかった。
本来なら、攻め込むために使いたい足と腕を、守りに回さざるを得ない。
そのもどかしさを、ギャブリエルはよく知っているかのように笑った。
「その程度か、騎士の娘よ。父親に比べれば、ずいぶんとおとなしい剣だ」
「お父さんのことを……軽々しく言わないで!!」
アリアの剣に、怒りが宿る。
しかし――怒りだけでは、魔法の壁は越えられない。
フリーズアロー。ファイアボール。エレキパラライズ。
次々と繰り出される魔法の波に、アリアは徐々に押し込まれ始めていた。
(このままじゃ……じり貧になる……)
息が上がる。
額から汗が落ち、視界が滲む。
「アリア……落ち着け」
耳の奥で、シャルルの声がした。
「お前は一人じゃない。横を見ろ。背中を見ろ。――信じろ」
その言葉に、アリアはハッと顔を上げた。
ヨーデルは、まだ杖を握っている。
リマは痺れた手を押さえながらも、矢筒を離していない。
マキシは焦げた盾を構え直し、ギャブリエルを睨んでいる。
(そうだ……わたしは、一人じゃない)
アリアは深く息を吸った。
「ヨーデル!」
「はい!」
「一瞬でいい、正面の魔法を崩して! マキシ、あの人の足を止めて! リマ、動けるほうの手でいい、隙を作って!」
「了解!」
「任された!」
「わ、分かった!」
ばらばらだった視線が、一点へと集まる。
「やってみろ。子供のおままごと程度で――」
ギャブリエルの言葉を遮るように、アリアが踏み込んだ。
「行くよ!!」
「ウォーターシュート!!」
ヨーデルの水弾が正面から魔法の壁へぶつかる。
炎と氷、それにまとわりついていた雷が、瞬間的に混ざり合って霧散した。
「今だ、マキシ!」
「おおおおおおッ!!」
マキシが盾を前面に構え、一直線に突撃する。
ギャブリエルは慌てて氷壁を展開し、防ごうとした。
「アイスウォ――」
その言葉の途中で、リマの矢が飛んだ。
「せいっ!」
しびれた腕で、ぎりぎり放った矢。
狙いは甘かったが、ギャブリエルの頬をかすめた。
「ぐっ……!」
その一瞬の乱れが――決定的な隙になった。
「アリアさん!!」
ヨーデルの叫びに応じて、アリアは全力で踏み込む。
「はああああああっ!!」
氷の欠片と炎の残り火の中を駆け抜け、ギャブリエルの懐へ飛び込む。
剣の切っ先が、宰相の喉元へ突きつけられた。
「……もう、終わりです」
アリアの声は、静かだった。
ギャブリエルは、恐怖に顔を引きつらせた。
さっきまでの余裕は消え失せている。
「くっ……まさか……子供ごときに……」
「これは、わたし一人の力じゃない。
ヨーデルの魔法がなかったら、今ここに立っていない。
リマとマキシの支えがなかったら――こんなところまで来られてない」
「……くだらぬ……甘い……!」
ギャブリエルは、唇を噛みしめる。
「だが……陛下のご意志は……揺るがぬ……」
最後まで、彼の目から忠誠の炎が消えることはなかった。
宰相ギャブリエルはその場に崩れ落ち、静かに息を引き取った。
アリアは剣を引き、静かに目を閉じた。
「……終わりました、陛下」
振り返り、玉座を見上げる。
王は、相変わらず不気味な笑みを浮かべていた。
「ふん。ギャブリエルは、ただの捨て駒だ」
その言葉に、アリアの握る剣に力がこもる。
「それとも……あの程度を、『国の頭脳』だとでも思っていたのか?」
「あなた……!」
「本番は、ここからだ」
王が、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
闇のオーラが、さらに強く膨れ上がった。
肉体がうねり、骨が軋み、背中から黒い翼のような影が伸びる。
瞳は完全に赤黒く染まり、そこには“人”の理性は残っていなかった。
「さあ、アリア。私を――楽しませてくれ」
次の瞬間、王の姿が消えた。
「っ――速い!!」
アリアは反射的に剣を構えた。
背後から迫る気配――。
「闇撃」
黒い拳がアリアの腹部を打ち抜く。
視界が真っ白になり、そのまま床を転がった。
「アリアさん!!」
ヨーデルの叫びが遠ざかる。
王の影が、ゆっくりとアリアを見下ろした。
「さあ、始めようか」
闇と雷が混じり合う気配が、広間を満たす。
――王城最上階の、真の死闘が幕を開けた。
つづく。
ついに、アリアと邪悪な王との最終決戦が幕を閉じました。
かつてアリアの父の友人でありながら、闇の力に囚われた王。その悲しい過去が明らかになる中、アリアは絶望的な状況に追い込まれます。しかし、故郷で待つ妹の声、そして共に戦った仲間たちの想いが彼女を奮い立たせ、真の勇者としての力を覚醒させました。
アリアの剣から放たれた光は、王の闇を打ち破り、この国に再び希望をもたらしました。これは、力の源は他者への愛と信じる心にあるという、彼女の旅の集大成とも言えるでしょう。
この戦いの終わりは、アリアの個人的な旅の一つの終着点ですが、物語はまだ終わりではありません。妹の病を治すための次の旅、そしてこの国がこれからどのように再建されていくのか、新たな希望の物語が始まろうとしています。
アリアの物語は、この国の闇を晴らした勇者の物語として、これからも語り継がれていくことでしょう。




