岐阜編 第2話 白川郷と踊り
翌朝、山の空気はさらに冷たかった。
宿を出ると、川の流れが陽の光を細かく反射している。
「さぁ、今日は白川郷や」
宮田が荷物を背負い直し、にっこり笑った。
「ここからは別の者に案内を頼んどる。山道は土地勘ないと危ないさかいな」
ほどなくして現れたのは、若い青年だった。
まだ二十歳を少し越えたくらいだろう。
日に焼けた頬に、素朴な笑みを浮かべている。
「こいつは篤志。白川の出や。合掌造りも雪の暮らしもよう知っとる」
宮田が紹介すると、篤志は深く頭を下げた。
「言葉は通じんかもしれんけど……まぁ、歩きながら分かる」
アリアたちは胸に手を当て、音のない礼を返した。
篤志は驚いたように目を丸くしたが、すぐににっこりと笑った。
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■ 合掌造りの村へ
山道を登り切ると、眼下に広がる集落が現れた。
大きな茅葺き屋根が三角形にそびえ立ち、雪の重みに耐えるように空へ伸びている。
「……大きい」
ミリアが呟く。
「屋根が森みたい」
リリスは目を輝かせた。
篤志は手振りで屋根を指し、腕を交差させる。
「手を合わせる“合掌”と同じ。人が祈る形や」
アリアは剣を見下ろし、静かに頷いた。
「剣は斬るためにある。けれど、この屋根は祈るために立っている……」
村の人々が笑顔で手を振る。
ルナは雪を踏みしめ、「境界が白く広がってる」と呟いた。
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■ 雪遊びのひととき
子どもたちが雪玉を両手で丸め、レンに投げつけてきた。
「わっ!? ちょっと、待って!」
レンは慌てて雪をかき集め、投げ返す。
ミリアも笑いながら参戦し、ルナは無表情で正確に投げて子どもを驚かせる。
リリスは雪玉を小さくして投げるふりをし、子どもたちに追いかけられて逃げ回った。
ガレンは大きな雪玉を作り、どんと置いて「これは戦士の盾だ!」と胸を張った。
ボリスは「酒の代わりにはならんが」と言いながら、小さな雪玉を丁寧に積み上げていた。
アリアはその光景を見つめ、心がふわりと温かくなるのを感じていた。
「……戦場には笑顔はなかった。けれど、ここでは雪が笑いを作る」
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■ 郡上踊り
夕暮れ、村の広場に篝火が灯った。
太鼓と笛の音が鳴り響き、輪になった人々がゆるやかに足を運ぶ。
「これは“郡上踊り”や。夏には夜通し踊るもんやけど、今日は特別に短うやってくれる」
篤志が説明する。
輪に入るよう促され、レンが真っ先に飛び込んだ。
「こう? こう?」
子どもたちが手を取り、足の出し方を教える。
ミリアもおずおずと真似し、少しずつ動きが揃っていく。
リリスは最初から上手に腕を回し、ルナは目を閉じて太鼓のリズムに呼吸を合わせた。
ガレンは動きが大きすぎて隣の青年にぶつかり、すぐに頭を下げた。
青年は笑ってガレンの手を取り、再び輪へ引き戻した。
アリアも輪に加わり、静かに足を運ぶ。
剣を抜くときとは違う、守るためでもない、ただ一つになるための動き。
それが胸に沁みていく。
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■ 鮎の掴み取り
踊りが終わると、川辺に篝火が移された。
浅瀬に放された鮎が、銀色に光って跳ねる。
「手で掴むんや。逃げられんように両手で囲う」
篤志が手振りで示す。
レンが飛び込み、必死に追いかけて転ぶ。
ミリアが笑いながら手を伸ばし、小さな鮎を掴んだ。
「つ、捕まえた!」
子どもたちが歓声を上げる。
ガレンは大きな手で鮎をひょいと掬い上げ、「戦士の獲物!」と叫ぶ。
リリスはそっと手を差し入れ、逃げる鮎を指先で導くようにして掴んだ。
ルナは「水が教えてくれる」と言い、迷わず一匹を抱き上げた。
掴んだ鮎は串に刺され、火の上で焼かれる。
香ばしい匂いが広がり、皮が弾け、脂が滴る。
レンがかぶりつき、「これ、最高!!」と叫ぶ。
ミリアは熱さに舌を出しながらも、「……川の味がする」と笑った。
アリアは静かに口へ運び、胸に温かさを覚えた。
「命をそのまま受け取る味だ……」
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■ 夜――ヨシダの再会
夜も更け、篤志が一行を宿へ案内する。
合掌造りの屋根の下、囲炉裏の火がぱちぱちと音を立てていた。
「今日はここで休んで。……明日、山を越えれば加賀の国や」
篤志が微笑み、深く頭を下げる。
アリアたちは胸に手を当て、音のない礼を返した。
そのとき、入り口から懐かしい声がした。
「よう楽しんどるなぁ。待っとったで」
振り向けば、ヨシダが立っていた。
「山を越えれば石川や。日本海が待っとる。――次は加賀、金沢やで」
アリアは頷き、仲間たちを見渡した。
「この旅はまだ続く。剣ではなく、縁を刻むために」
囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。
その音が、次なる土地への合図のように響いた。




