京の夜と祈り
翌朝。京都の目抜き通りを歩けば、人の波に香ばしい匂いが混じって流れてきた。
色とりどりの暖簾と看板が並ぶ――錦市場。
「ここが“京の台所”や。四百年以上の歴史ある市場やで」
ヨシダの案内に、レンとミリアはすでに目を輝かせている。
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錦市場の驚き
狭い通りを歩くと、漬物の樽から酸味の香りが広がる。
「うわぁ……野菜が色んな色してる!」
ミリアは赤紫のしば漬けを見て感嘆の声をあげた。
試食を差し出された小皿を口にすると――
「……すっぱい! でもおいしい……」
涙目になりながら笑った。
「これは魚の……発酵?」
リリスが眉を寄せて覗き込む。
「鮒寿司やな。匂いは強烈やけど、滋賀に行ったら本場が待っとるで」
ヨシダの説明に、ボリスが目を輝かせる。
「保存の知恵……古代の術式にも似ている」
別の店先では、湯葉が水面でゆらゆら揺れていた。
「……白い布みたい」
ルナが指先を伸ばし、店員にすすめられて口に含む。
「やさしい……魔力はないけど、体に沁みる力がある」
抹茶スイーツの店では、レンが大はしゃぎ。
「うおぉっ、緑のケーキ! 苦いのに甘い! ラーメンと同じくらいすげぇ!」
「浮気しないでよ!」ミリアが頬を膨らませる。
「いや、これは……抹茶ラーメンに進化するかもしれない……」
真顔でうなるレンに、周りの観光客が吹き出した。
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京料理の席
昼下がり、一行は小さな料亭に案内された。
畳の座敷、障子越しの柔らかな光。
運ばれてきたのは湯豆腐とおばんざい。
「これが……“京の食”」
アリアは湯気立つ鍋を見つめ、箸をとった。
白い豆腐を口に運ぶと、ほろりとほどけ、優しい甘みが広がる。
「……涙が出そう。剣ではなく、豆で人を守る料理……」
ガレンは鯖寿司を豪快に噛み、「肉じゃなくても腹が満ちる!」と驚いた。
リリスは野菜の炊き合わせを食べ、「色が音楽みたい」と微笑んだ。
ボリスは地酒をちびちびやり、「この酒は山の力を宿しておる」と唸る。
食後、女将が笑顔で一行を見回した。
「遠い国からようこそ。お口に合うて良かったわぁ」
言葉は分からぬが、その笑みにアリアたちは深く頭を下げた。
気持ちは通じていた。
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鴨川のほとり
夕暮れ。鴨川の河原を歩く。
等間隔に腰かける恋人たち、灯る街の明かり、流れる水音。
「……人が寄り添ってる。川が縁を繋いでるんだね」
ルナの瞳が揺れる。
「魔族にも縁はある。でも人の縁は……もっと柔らかい」
レンとミリアは石を投げてはしゃぎ、リリスは水辺の草に触れ、ガレンは橋を渡る人波をじっと見ていた。
アリアは仲間たちを見渡し、心の奥で思う。
「――戦う力よりも、人と人を結ぶ力。それがこの国の真の強さかもしれない」
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金閣と伏見稲荷
夜。金閣寺の庭園。月光を浴びた舎利殿が金色に輝いていた。
「……光を鎧にした城」
ガレンが低く呟く。
リリスは言葉を失い、ただ湖面に映る光を追った。
それは自然と建築が完全に溶け合った瞬間だった。
さらに足を伸ばした伏見稲荷。
無数の朱の鳥居が闇に連なり、参道を炎のように染めていた。
ルナの耳がぴくりと震える。
「ここ……境界だ。人と異界が混じり合う道」
ボリスも頷く。
「名を刻むことで神と契約する……これは死者との契約にも通じる」
アリアは剣の柄に触れ、背筋を伸ばした。
「恐れよりも、守りの気配を感じる。ここもまた“戦いではない力”が満ちている」
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夜の宿にて
宿に戻り、ちゃぶ台を囲む。
市場で買った菓子を分け合い、湯飲みを手に笑い合う。
「京都は……華やかで、でも静かだ」
アリアが言う。
「剣よりも、祈りと食と笑みで人を支える都」
「オレは抹茶ラーメン研究する!」
レンが拳を握る。
「……次こそ寿司!」
ミリアが頬をふくらませる。
ヨシダは笑って頷いた。
「ほな、次は滋賀や。琵琶湖が待っとるで。鮒寿司もな」
一行の胸に、また新たな期待が灯る。
千年の都を後にして、次なる地へ――。




