天草の海、古の囁き
熊本の阿蘇山で、悲しき剣士の『もののけ』を鎮めたアリアと仲間たち。彼らの旅は、単なる観光ではなく、この国の歴史と、人々の心に深く触れるものへと変わっていった。そして今、彼らは天草という美しい港町で、海の伝説に耳を傾けていた。
漁師小屋の中は、魚の匂いと、焚き火の温かさで満たされていた。老漁師は、遠い昔を懐かしむかのように、目を細め、ゆっくりと語り始めた。
「昔々、この天草の海には、『人魚』がいた、と、言われていたんだ」
老人の言葉に、レンとミリアは、目を輝かせる。エリオットは、その言葉に、どこか、心を惹かれるものを感じていた。
「『人魚』……!それは、一体、どんな存在なのですか?」
ルナが、身を乗り出して尋ねる。
「ああ。それは、人々の『しんこう』を、守るために、海から現れた、海の『かみさま』だった、と……。美しい歌声で、漁師たちを導き、豊漁をもたらした。病に苦しむ者には、癒やしの歌を届け、嵐の夜には、船を守ったという……」
老人の声は、波の音のように、穏やかに響く。アリアは、故郷の精霊の伝説を思い出し、この国の『かみさま』の概念に、共通点を見出していた。
「しかし……」
老人の声が、一段と低くなった。小屋の中に、わずかな緊張が走る。
「人間は、欲深いものだ。人魚の歌声が、病を癒やし、富をもたらすと知ると、人々は、その力を、独り占めしようとした。人魚を捕らえようと、網を張り、罠を仕掛けたのだ……」
老人の言葉に、レンとミリアは、怯えたように、アリアの腕に、しがみついた。ガレンは、怒りに震え、拳を握りしめる。
「なんて、ひどいことを……!」
ボリスが、悲しそうに、そう呟く。
「人魚たちは、人間たちの裏切りに、深く傷ついた。そして、ある嵐の夜、二度と姿を見せることなく、海の底へと、消えていったのだ……。それ以来、この天草の海は、時折、奇妙な現象に見舞われるようになった。夜になると、海から、悲しい歌声が聞こえてきたり、漁師たちが、原因不明の病に倒れたり……。それは、人魚たちの『うらみ』が、『もののけ』となって、この海を、さまよっているのだ、と、人々は、噂するようになった……」
老人の話を聞き終え、小屋の中は、重い沈黙に包まれた。アリアは、故郷の歴史の中で、人間が、精霊や自然の力を、己の欲のために利用し、結果として、災いを招いた例を、いくつも知っていた。この国の『もののけ』の概念は、まさに、その負の感情が、形になったものなのだと、改めて理解した。
闇夜の海、ネクロマンサーの視線
夜が深まり、アリアたちは、漁師小屋の隣にある、小さな宿に泊まることになった。しかし、老人の話が、彼らの心に、深く刻み込まれており、誰もが、なかなか寝付けずにいた。
アリアは、窓の外の海を、じっと見つめていた。波の音が、まるで、悲しい歌声のように、聞こえてくる。
その時、エリオットが、ゆっくりと、アリアの隣に立った。彼の顔は、どこか、真剣な表情を浮かべている。
「アリア……。僕の『まほう』が、この海の『き』を、強く感じているんだ」
エリオットの言葉に、アリアは、顔を上げる。
「やはり……。この海には、『もののけ』が、いるのね……」
アリアは、そう呟く。
「うん。それも、一つや二つじゃない。たくさんの『うらみ』や『かなしみ』が、この海に、沈んでいる。まるで、無数の『たましい』が、さまよっているかのようだ……」
エリオットは、そう言って、静かに、目を閉じた。彼の身体から、微かに、黒い靄が立ち上る。それは、彼が、死者の魂と、対話する時に、現れる現象だった。
「エリオット、危険じゃないのか?」
アリアは、心配そうに、エリオットに尋ねる。
「大丈夫。僕は、彼らの『こころ』を、理解したいんだ。なぜ、彼らが、この海に、留まっているのか……」
エリオットは、そう言って、さらに、深く、海の『き』に、意識を集中させた。
その時、エリオットの身体が、突然、震え出した。彼の顔は、苦痛に歪み、その目からは、涙が流れ落ちる。
「エリオット!どうしたんだ!?」
アリアは、そう叫び、エリオットの身体を、支えようとした。
「これは……!これは、『うらみ』や『かなしみ』だけじゃない……!『くるしみ』だ……!海の底で、ずっと、『くるしみ』続けている『たましい』が、いるんだ……!」
エリオットは、そう言って、苦しそうに、うめき声を上げた。
その時、部屋の窓の外から、奇妙な光が、差し込んできた。光は、まるで、誰かが、海の中から、手招きしているかのように、揺らめいている。
「な、なんだ、あの光は……!?」
ガレンが、そう叫び、窓の外を、じっと見つめる。
光は、アリアたちを、海へと、誘っているかのようだ。その光に、レンとミリアは、目を奪われ、ゆっくりと、窓に近づいていく。
「レン!ミリア!近づいてはダメだ!」
ボリスが、そう叫び、二人の手を、強く掴んだ。
「これは、『もののけ』の、仕業だわ……。私たちを、海へと、誘い込もうとしている……」
ルナは、そう言って、警戒心を強める。
「くそっ……!こんなところで、やられるなんて……!」
ガレンは、そう言って、拳を握りしめる。
その時、エリオットが、ゆっくりと、目を開けた。彼の顔は、まだ、苦痛に歪んでいたが、その目には、強い意志が宿っている。
「アリア……。僕、分かったよ。この『もののけ』は、人魚たちの『うらみ』だけじゃない。この海に、沈んだ、たくさんの『ひと』の『たましい』が、混ざり合っているんだ」
エリオットの言葉に、アリアは、驚きに目を見開いた。
「この海には、昔、たくさんの『ふね』が、沈んだらしい。嵐で、遭難したり、争いで、沈められたり……。その『ふね』に乗っていた『ひと』たちの、『たましい』が、この『もののけ』に、取り込まれているんだ……」
エリオットは、そう言って、窓の外の光を、じっと見つめた。
「だから、この『もののけ』は、ただ、『やすらぎ』を、求めているだけじゃない。彼らは、『くるしみ』から、解放されたいんだ……」
エリオットの言葉に、アリアは、静かに、頷いた。
「エリオット、どうすれば、彼らを、解放できる?」
アリアは、そう尋ねた。
エリオットは、少し考えた後、こう答えた。
「僕の『まほう』で、彼らの『たましい』を、『やすらぎ』へと、導くことはできる。でも、そのためには、僕が、この海の『いちばん』深い場所に、行かなければならない……」
エリオットの言葉に、アリアたちは、顔を見合わせた。
「そんな……!危険すぎる!」
ガレンが、そう叫び、エリオットを止めようとする。
「大丈夫。僕には、みんなが、ついているから」
エリオットは、そう言って、アリアたちに、優しく微笑んだ。
アリアは、エリオットの言葉を聞き、彼の成長に、感動を覚えた。彼は、もう、かつての、臆病な少年ではなかった。
「分かったわ、エリオット。私たちも、一緒に行くわ」
アリアは、そう言って、剣を構えた。
人魚の伝説と、海の底に沈む無数の魂。天草の海に潜む『もののけ』の正体が明らかになった今、アリアたちは、エリオットの力を信じ、その深淵へと足を踏み入れることを決意する。彼らを待つのは、一体、どんな試練なのだろうか。




