炎の山、凍える伝説
熊本の夜は、アリアたちの心を凍らせるかのように、静かで不気味だった。しかし、エリオットの勇気と優しさによって、ホテルに潜む『もののけ』は、安らかに解放された。夜明けと共に、彼らの心に差し込む光は、不気味な夜の闇を、ゆっくりと溶かしていった。
翌朝、アリアたちは、ミサキさんの案内で、九州の旅を続けることになった。次に彼らが向かうのは、日本でも有数の活火山である阿蘇山。しかし、そこに待ち受けていたのは、燃える大地だけではなかった。
車を降り、見渡す限りの広大な草原に立ったアリアたちは、その雄大さに息をのむ。遠くに見える山は、今も煙を噴き上げており、その光景は、彼らの故郷の景色とは、全く異なるものだった。
「すごい……!この国には、こんなにも大きな山があるんだ……!」
レンが、興奮して叫ぶ。ミリアも、レンの手を握りしめ、その雄大な景色に、目を輝かせていた。
その時、ミサキさんが、少し悲しそうな表情で、アリアたちに語り始めた。
「この阿蘇には、古くから伝わる、悲しい『でんせつ』があるんです」
ミサキさんの言葉に、アリアたちは、静かに耳を傾けた。
「昔々、この阿蘇には、大きな『おろち』が住んでいました。その『おろち』は、村人たちを苦しめ、人々は、毎日、怯えて暮らしていました」
「『おろち』……!故郷の『ドラゴン』のようなものか……!」
ガレンは、そう言って、拳を握りしめる。
「はい。その『おろち』を倒すために、一人の『けんだいし』が、立ち上がりました。彼は、阿蘇の神に祈り、その『おろち』を倒すことに、成功しました」
ミサキさんの言葉に、アリアは、安堵の息を吐き出す。しかし、ミサキさんの表情は、晴れないままだった。
「しかし、その『けんだいし』は、『おろち』を倒すために、自らの命を、犠牲にしてしまったのです。そして、その『けんだいし』の『うらみ』と『かなしみ』が、『もののけ』となり、今も、この阿蘇の山中を、さまよっている、と……」
ミサキさんの言葉に、アリアたちは、再び、背筋が凍るような、恐怖を感じた。
「『けんだいし』の『もののけ』……」
ルナは、そう呟き、周囲の気配を探る。しかし、そこにあるのは、ただ、風の音と、鳥の鳴き声だけだった。
その日の夕方、アリアたちは、阿蘇の麓にある、温泉旅館に泊まることになった。旅館は、古いが、清潔で、とても温かみのある場所だった。
夕食後、アリアたちは、旅館の裏にある、小さな祠へと、向かった。そこは、ミサキさんが、先ほどの『けんだいし』の『もののけ』の伝説に、ゆかりのある場所だと言っていた場所だった。
祠の周りには、古木が生い茂り、昼間でも、薄暗い。
「本当に、この祠に、『けんだいし』の『もののけ』が、いるのかな……?」
レンが、少し怯えた声で、アリアに尋ねる。
「大丈夫よ、レン。私たちがついているわ」
アリアは、そう言って、レンの手を優しく握った。
その時、アリアの耳に、微かな、水の音が、聞こえてきた。それは、まるで、誰かが、涙を流しているかのような、悲しい音だった。
「この音は……」
エリオットは、そう呟き、祠の中を、じっと見つめる。
祠の中には、古びた剣が、一本、置かれていた。その剣は、錆びており、今にも、崩れ落ちてしまいそうだ。
「これが、『けんだいし』の剣……」
ボリスが、そう呟き、剣に、そっと触れようとする。
その瞬間、祠の中から、冷たい風が、吹き荒れた。その風は、まるで、誰かの『かなしみ』が、形になったかのようだ。
そして、アリアたちの前に、白い着物を着た、一人の男の姿が、現れた。男の顔は、ひどく悲しげで、その目からは、涙が流れ続けている。
「……おろち……。おろちを……」
男は、そう言って、震える声で、アリアたちに、そう呟いた。
「この人が、『けんだいし』の『もののけ』……」
ミリアは、そう言って、震える声で、アリアの腕に、しがみついた。
『けんだいし』の『もののけ』は、アリアたちに向かって、ゆっくりと、近づいてくる。その手には、何も持っていない。ただ、その手は、まるで、誰かを助けを求めるかのように、震えている。
「この人は、戦いたいのではないわ。ただ、誰かに、助けを求めているんだわ……」
アリアは、そう言って、一歩、前に踏み出した。
「アリア、危険だ!」
ガレンは、そう叫び、アリアを止めようとする。しかし、アリアは、ガレンの言葉に、耳を貸さなかった。
「あなた様のお気持ち、痛いほど分かります。どうか、安らかに、お眠りください」
アリアは、そう言って、剣を、地面に突き刺した。そして、その剣に、そっと、触れた。
アリアの指先から、温かい光が、剣に、伝わっていく。その光は、まるで、『けんだいし』の『かなしみ』を、癒やすかのように、剣を、包み込んでいく。
「……ありがとう……」
『けんだいし』の『もののけ』は、そう言って、優しく微笑んだ。そして、その姿は、光と共に、ゆっくりと、消えていった。
アリアたちは、安堵の息を吐き出した。彼らは、また一つ、この国の『もののけ』の、悲しい『でんせつ』に触れ、その『かなしみ』を、癒やすことができた。
この阿蘇の地で、アリアたちが知ったのは、ただの恐怖だけではなかった。それは、人々の心に深く刻まれた、悲しい『おもい』。そして、その『おもい』を、受け止め、癒やすことの大切さだった。




