古の囁き、夜の帳
熊本の夜は、都会の喧騒とは異なり、静寂に包まれていた。ホテルの部屋で、アリアと仲間たちは、ミサキさんが語る『もののけ』の伝説に、耳を傾けていた。彼女の声は、まるで遠い昔から語り継がれてきた物語を紡ぐかのように、部屋の中に響き渡る。
「『もののけ』とは、この土地の『しぜん』や、『ひと』の『こころ』から、生まれる存在だと言われています。時には、人々に『しあわせ』をもたらし、時には、『わざわい』をもたらす……」
ミサキさんは、そう言って、少しだけ、顔色を曇らせた。
「特に、この熊本には、古くから、人々の信仰を集めてきた、『もののけ』の『でんせつ』が、数多く残されています。例えば、『アマビエ』という『もののけ』は、疫病を鎮める力を持つと言われ、昔から、人々は、その姿を描いて、病から身を守ろうとしました」
ミサキさんは、そう言って、スマホの画面に、奇妙な絵を見せた。それは、人魚のような姿をした、奇妙な生き物の絵だった。
「これは……!?」
レンが、目を丸くする。
「うん。この『アマビエ』は、昔、この熊本の海に、現れたと言われています」
ミサキさんの言葉に、アリアは、故郷の伝承を思い出した。彼女たちの世界にも、人々に恵みをもたらす精霊や、災いをもたらす悪霊の類は存在したが、『もののけ』という概念は、どこか異質に感じられた。
「しかし、『もののけ』の中には、人々に『わざわい』をもたらすものもいます。それは、人々の『おもい』や、『うらみ』が、形になったものだと言われています」
ミサキさんの声が、一段と低くなる。部屋の空気が、わずかに重くなったように感じられた。
「例えば、昔、この土地で、争いが絶えなかった頃、多くの『ひと』が、『うらみ』を抱いて、亡くなりました。その『うらみ』が、『もののけ』となって、今も、この土地を、さまよっている、という『でんせつ』もあります」
ミサキさんの話を聞き、アリアは、背筋に、冷たいものが走るのを感じた。彼女たちの世界にも、怨霊は存在したが、『もののけ』は、もっと、曖昧で、捉えどころのない存在のように思えた。それは、特定の誰かの魂ではなく、土地に染み付いた、人々の感情の集合体のようなものなのだろうか。
「『もののけ』は、目に見える形を持つとは限りません。時には、人々の『こころ』に、忍び込み、その『こころ』を、蝕んでいく、とも言われています」
ミサキさんの言葉に、ルナは、真剣な表情で、頷いた。
「それは、私たちの世界の『まほう』とは、違うわね……。まるで、『せいしん』を、操る『まほう』のようだわ……」
ルナは、そう呟き、どこか、不安そうな表情を浮かべた。
「ミサキさん、その『もののけ』は、どうすれば、鎮めることができるのですか?」
アリアは、そう尋ねた。
「それは……。難しいことです。なぜなら、『もののけ』は、人々の『こころ』から、生まれるものだからです。人々の『こころ』が、『おもい』や、『うらみ』を、手放さない限り、『もののけ』は、消えることはありません」
ミサキさんは、そう言って、静かに、目を伏せた。
その夜、アリアたちは、ミサキさんの話を聞き終え、それぞれの部屋へと戻った。しかし、彼らの心には、ミサキさんの話が、深く刻み込まれていた。
-歪む視界、忍び寄る影-
夜が深まり、ホテルの部屋は、静寂に包まれていた。アリアは、ベッドに横になり、目を閉じた。しかし、なぜか、眠りにつくことができない。ミサキさんの話が、頭の中で、何度も繰り返される。
『もののけ』は、人々の『こころ』に、忍び込み、その『こころ』を、蝕んでいく……。
アリアは、ふと、部屋の隅に、目をやった。そこには、昼間はなかったはずの、奇妙な影が、揺らめいているように見えた。それは、まるで、誰かが、そこに立っているかのようだ。
「……誰か、いるの?」
アリアは、そう呟き、身体を起こした。しかし、影は、すぐに消え去り、そこには、何もなかった。
「気のせいかしら……」
アリアは、そう思い、再び、ベッドに横になった。
その時、アリアの耳に、微かな、水の音が、聞こえてきた。
ピチャ……ピチャ……。
それは、まるで、誰かが、水たまりの中を、歩いているかのような音だ。音は、部屋の外から聞こえてくる。
アリアは、ゆっくりと、ベッドから降り、扉に近づいた。扉の向こうから、水の音が、はっきりと聞こえる。
ピチャ……ピチャ……。
アリアは、恐る恐る、扉の隙間から、外を覗いた。しかし、廊下には、誰もいない。ただ、薄暗い廊下が、どこまでも続いているだけだ。
「……おかしいわ」
アリアは、そう呟き、扉から、離れた。
その時、アリアの背後から、冷たい視線を感じた。アリアは、ゆっくりと、振り返った。
そこには、誰もいない。しかし、アリアの視界が、わずかに歪んだように感じられた。部屋の壁が、まるで、呼吸をしているかのように、ゆっくりと、膨らんだり、縮んだりしている。
「な、なんだ、これは……!?」
アリアは、驚きに目を見開いた。
その時、アリアの身体に、突然、激しい寒気が走った。まるで、誰かに、身体を、氷で、撫でられているかのようだ。
アリアは、震える手で、自分の身体を抱きしめた。
「くそっ……!これは、一体……!」
アリアは、そう呟き、部屋の中を見回した。
部屋の隅に置かれた、小さな人形が、アリアを、じっと見つめているように見えた。その人形の目は、まるで、生きているかのように、アリアを、追いかけてくる。
アリアは、恐怖で、身体が硬直し、動くことができない。叫びたいのに、声が出ない。
「……アリア……」
その時、アリアの耳元で、誰かの声が、聞こえた。それは、レンの声だった。
アリアは、ゆっくりと、声のする方を、振り返った。
そこには、レンが、ベッドに座り、アリアを、じっと見つめている。彼の目は、どこか、虚ろで、その顔には、生気が感じられない。
「レン……?どうしたの?」
アリアは、そう尋ねた。
レンは、何も答えない。ただ、アリアを、じっと見つめているだけだ。
その時、レンの口元が、ゆっくりと、歪んでいく。それは、レンの笑顔ではなかった。まるで、誰かが、レンの顔を、無理やり、引き伸ばしているかのようだ。
「ヒッヒッヒ……。お前も、俺の、仲間になってくれるかい……?」
レンの口から、不気味な声が、聞こえてきた。それは、レンの声ではなかった。まるで、どこか遠くから、響いてくるかのような、奇妙な声だ。
アリアは、恐怖で、身体が震え出した。
「レン……!あなた、一体……!」
アリアは、そう叫び、レンに、手を伸ばそうとした。
しかし、その時、レンの身体が、ゆっくりと、宙へと浮き上がっていく。そして、レンの身体から、黒い靄が、立ち上り始めた。
「な、なんだ、これは……!?」
アリアは、驚きに目を見開いた。
黒い靄は、レンの身体を、包み込み、レンの姿は、ゆっくりと、消えていく。
「レン!レン!」
アリアは、そう叫び、レンの姿が消えた場所へと、駆け寄った。
しかし、そこには、何もなかった。ただ、薄暗い部屋が、どこまでも続いているだけだ。
アリアは、その場に、へたり込んだ。彼女の心は、恐怖と、混乱で、満たされていた。
「まさか……。これが、『もののけ』の、仕業なのか……?」
アリアは、そう呟き、震える手で、自分の顔を覆った。
-闇に囚われる心-
アリアは、恐怖と混乱の中で、部屋の隅に、うずくまっていた。レンの姿が消えた後も、部屋の壁は、不気味に歪み続け、どこからか、微かな水の音が、聞こえてくる。
ピチャ……ピチャ……。
その音は、まるで、アリアの心臓の音のように、アリアの耳に、響き渡る。
「くそっ……!これは、幻覚なのか……?それとも、現実なのか……?」
アリアは、そう呟き、頭を抱えた。
その時、アリアの視界に、奇妙なものが、映り込んだ。それは、部屋の壁に、無数の、小さな、黒い影が、蠢いているかのようだ。影は、まるで、生きているかのように、壁を這い回り、アリアに、近づいてくる。
「うわああああああ!」
アリアは、悲鳴を上げ、影から、逃げようとした。しかし、アリアの身体は、恐怖で、硬直し、動くことができない。
影は、アリアの身体に、まとわりつき、アリアの身体を、蝕んでいく。アリアの身体は、まるで、氷のように、冷たくなっていく。
「くそっ……!こんなところで、やられるなんて……!」
アリアは、そう呟き、意識が遠のいていく。
その時、アリアの耳元で、誰かの声が、聞こえた。
「アリア!しっかりしろ!」
それは、ガレンの声だった。
アリアは、ゆっくりと、目を開けた。そこには、ガレンが、アリアの身体を、強く抱きしめている。
「ガレン……!」
アリアは、そう言って、ガレンの顔を見上げた。
「大丈夫か、アリア!?お前、うなされてたぞ!」
ガレンは、そう言って、アリアの顔を、心配そうに、見つめる。
アリアは、ガレンの言葉を聞き、部屋の中を見回した。部屋の壁は、歪んでいない。影も、どこにもない。水の音も、聞こえない。
「……夢……?だったのかしら……?」
アリアは、そう呟き、ガレンの腕の中で、安堵の息を吐き出した。
その時、部屋の扉が開き、リリスとボリス、ルナ、そして、ミリアと雅彦が、部屋の中に入ってきた。
「アリア!大丈夫か!?」
ルナは、そう言って、アリアに駆け寄る。
「みんな……。どうして……?」
アリアは、そう尋ねた。
「アリアの悲鳴が聞こえたんだ。何かあったのか?」
リリスは、そう言って、アリアの顔を、じっと見つめる。
アリアは、みんなに、自分が、見た夢のことを、話した。レンが、『もののけ』に、憑りつかれ、姿を消したこと。部屋の壁が、歪んだこと。そして、黒い影が、アリアの身体を、蝕んだこと……。
アリアの話を聞き、みんなは、顔を見合わせる。
「それは……。本当に、夢だったのか……?」
ボリスは、そう言って、不安そうな表情を浮かべる。
「もしかしたら……。それは、『もののけ』の、仕業だったのかもしれないわ……」
ルナは、そう言って、静かに、目を閉じた。
「『もののけ』は、人々の『こころ』に、忍び込み、その『こころ』を、蝕んでいく、と言っていたわ……」
リリスは、そう言って、アリアの顔を、じっと見つめる。
アリアは、リリスの言葉を聞き、背筋に、冷たいものが走るのを感じた。
「まさか……。あの夢は、現実だったのか……?」
アリアは、そう呟き、恐怖に、顔を青ざめさせた。
その時、ミサキさんが、部屋に入ってきた。
「皆さん、どうしましたか?何か、あったのですか?」
ミサキさんの言葉に、アリアは、自分が、見た夢のことを、ミサキさんに、話した。
ミサキさんは、アリアの話を聞き、真剣な表情を浮かべた。
「それは……。もしかしたら、『もののけ』の、仕業かもしれません。このホテルは、昔、この土地で、争いが絶えなかった頃、多くの『ひと』が、『うらみ』を抱いて、亡くなった場所に、建てられたものです」
ミサキさんの言葉に、アリアたちは、驚きに目を見開いた。
「そんな……!」
ガレンは、そう言って、拳を握りしめる。
「この『もののけ』は、人々の『おもい』や、『うらみ』が、形になったものです。だから、この『もののけ』を、鎮めるには、人々の『こころ』を、癒やすしかありません」
ミサキさんは、そう言って、静かに、目を伏せた。
アリアたちは、ミサキさんの言葉を聞き、この『もののけ』の、恐ろしさを、改めて、感じた。彼らは、この『もののけ』を、どうすれば、鎮めることができるのだろうか。
次回、アリアたちは、この『もののけ』の正体を探り、その『うらみ』を鎮めるために、行動を起こします。




