日本の田舎に馴染んだ日々
日本に辿り着いてから、およそ三ヶ月の月日が流れた。アリアと仲間たちは、すっかりこの田舎での生活に馴染んでいた。日々の暮らしの中で、おばあちゃんとお孫さんの温かい心に触れ、彼らの使う『日本語』も、テレビや『スマホ』という名の魔法の板を毎日見続けることで、片言ながらも話せるようになっていた。
「アリア、きょうの『ばんごはん』は、『カレーライス』だそうだよ!」
レンが、嬉しそうにアリアに話しかける。彼の言葉は、まだ少し辿々しいが、意味はしっかりと通じる。
「うん、レン。おばあちゃんのカレーライス、美味しいね」
アリアも、笑顔で頷いた。三ヶ月前、初めて食べた『カレーライス』の衝撃は忘れられない。香辛料という名の魔法の粉が、肉や野菜を、故郷の料理とは全く違う、不思議な美味しさに変えていた。
ガレンは、今日も朝から畑仕事に精を出している。巨大な戦斧の代わりに、鍬という名の道具を手に、豪快に土を掘り起こす。
「おい、ガレン!そんなに『ちから』いれなくても、いいんだよ!」
おばあちゃんが、ガレンの様子を見て、笑いながら声をかける。
「へへ、すみません、おばあちゃん。ついいつもの癖で」
ガレンは、照れくさそうに頭を掻いた。彼の隣では、リリスが、雑草を抜いている。彼女の動きは相変わらず正確で、無駄な動きが一切ない。
「リリスは、いつも『しごと』が、はやいね」
お孫さんが、リリスの働きぶりに感心する。
「……別に」
リリスは、無愛想に答えるが、その口元は、微かに緩んでいる。彼女もまた、この生活を気に入っているようだった。
ルナとボリスは、家の中で、お孫さんから『勉強』というものを教わっていた。
「これは、『ひらがな』という文字だよ。こうやって書くんだ」
お孫さんが、紙と鉛筆という道具を使って、文字の書き方を教えてくれる。
「なるほど……。この世界の文字は、不思議な形をしているわね」
ルナは、興味深そうに、鉛筆を握り、文字を書き写す。ボリスは、真剣な表情で、お孫さんの説明に耳を傾けている。
アリアは、そんな仲間たちの様子を、遠くから眺めながら、この穏やかな日々が、いつまでも続けばいいと願っていた。しかし、彼女の心の中には、故郷に残してきた仲間たちのこと、そして、自分たちが何故この世界に飛ばされてしまったのかという疑問が、常に存在していた。
絶望の淵に立つ少年
その日の午後、アリアはレンとミリアを連れて、近くの公園へと遊びに出かけた。この公園は、小さな川が流れており、子供たちが元気に遊んでいる、活気のある場所だった。
「アリア、あれ!ブランコ、乗ってみたい!」
レンが、楽しそうに指差す。
「うん!わたしも!」
ミリアも、キラキラした瞳で、アリアを見つめる。
アリアは、二人の手を引いて、ブランコへと向かった。レンとミリアは、ブランコに乗り、楽しそうに空へと向かって、身体を揺らす。
そんな二人の様子を、微笑ましく見守っていたアリアは、ふと、公園の隅にある、大きな木の根元に、一人の少年が座っていることに気が付いた。彼は、顔を膝に埋め、肩を震わせている。
「……どうしたのかな?」
アリアは、心配になり、少年に近づいていった。
「もし、大丈夫……?」
アリアが、声をかけると、少年は、ゆっくりと顔を上げた。彼の顔は、涙と泥で汚れており、その瞳は、絶望に満ちていた。
「……なに、お前、誰だよ」
少年は、掠れた声で、アリアに問いかける。
「わたしは、アリア。君は?」
アリアが、そう尋ねると、少年は、再び、顔を膝に埋めてしまった。
「……もう、どうでもいいよ。僕なんて、どうせ……」
少年の言葉は、途中から、聞き取れなかった。しかし、その言葉に込められた、深い悲しみと絶望は、アリアの心に、突き刺さった。
アリアは、少年の隣に座り、何も言わずに、ただ、静かに、彼の背中をさすった。
しばらくして、少年は、ゆっくりと顔を上げた。
「……僕、もう、疲れたんだ」
少年は、そう言って、アリアに、自分の身に起きたことを、話し始めた。彼の名は、加藤雅彦。学校で、いじめに遭い、家に帰れば、両親は喧嘩ばかり。居場所を失った彼は、学校に行くことをやめ、部屋に引きこもるようになったという。
「……もう、生きてる意味、ないんだ」
雅彦は、そう言って、絶望的な表情を浮かべる。
アリアは、雅彦の言葉を聞き、静かに、こう話しかけた。
「……雅彦くん、生きてる意味、なんて、探すものじゃない」
アリアの言葉に、雅彦は、顔を上げる。
「……え?」
「生きてる意味は、自分で、見つけるものだ」
アリアは、そう言って、優しく微笑む。
雅彦は、アリアの言葉に、何も答えることができなかった。
女騎士が説く、人生の価値
その日の夕方、アリアは雅彦を連れて、おばあちゃんの家へと帰ってきた。
「ただいまー!」
レンとミリアが、元気な声で、家の中に駆け込んでいく。
「あら、おかえり。……あら、その子は?」
おばあちゃんは、アリアの隣にいる雅彦を見て、不思議そうに首を傾げる。
「公園で、会いました」
アリアは、そう言って、雅彦の身に起きたことを、おばあちゃんに話した。
おばあちゃんは、雅彦の話を聞き、悲しそうな表情を浮かべた。
「そうだったのかい……。可哀想に……」
おばあちゃんは、そう言って、雅彦の頭を、優しく撫でる。
雅彦は、おばあちゃんの温かい手に触れ、ポロポロと、涙を流した。
その夜、夕食後、アリアは雅彦を連れて、再び、公園へとやってきた。空には、満天の星が輝いている。
「雅彦くん。少し、話をしてもいいかな?」
アリアは、そう言って、雅彦の隣に座る。
「……うん」
雅彦は、静かに頷いた。
「わたしもね、昔、君のように、生きる意味を、見失いかけたことがあった」
アリアは、そう言って、自分の過去を、話し始めた。
「わたしは、故郷を追放され、孤独な旅に出た。自分の存在意義を失い、生きていることが、辛いと思ったこともあった」
アリアの言葉に、雅彦は、驚きの表情を浮かべる。
「でも、旅の途中で、たくさんの人に出会った。優しくて、強い、仲間たちに」
アリアは、そう言って、ガレンやリリス、ボリスたちのことを、話した。
「彼らと出会って、わたしは、再び、生きる希望を見つけた。彼らと、一緒にいること。それが、わたしの、生きる意味になったんだ」
アリアは、そう言って、雅彦に微笑む。
「……でも、僕には、そんな仲間なんて、いないよ」
雅彦は、そう言って、俯いてしまう。
「大丈夫。これから、見つければいいんだ」
アリアは、そう言って、雅彦の手を、そっと握った。
「人はね、生まれた瞬間から、死に向かって、歩いている。それは、どんな人でも、同じだ」
アリアは、そう言って、星空を見上げる。
「だからこそ、今日という一日を、精一杯、生きるんだ。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、辛いこと。全部、ひっくるめて、今日という一日を、大切に生きるんだ」
アリアの言葉は、雅彦の心に、深く響いた。
「……でも、僕、怖いんだ。また、いじめられたり、両親に怒られたりするのが……」
雅彦は、そう言って、震える声で、アリアに訴える。
「大丈夫。怖いときは、怖がっていい。悲しいときは、泣いていい。それは、君が、生きている証拠だ」
アリアは、そう言って、雅彦を、優しく抱きしめた。
雅彦は、アリアの温かい腕の中で、声を上げて、泣き出した。彼の心の中に、溜まっていた、悲しみと苦しみが、涙となって、溢れ出した。
アリアは、雅彦が、泣き止むまで、ずっと、彼の背中を、優しくさすっていた。
新たな一歩
雅彦が、泣き止んだ後、アリアは、雅彦に、こう話しかけた。
「雅彦くん。明日から、また、新しい一日が、始まる。君は、どんな一日にしたい?」
アリアの言葉に、雅彦は、少し考え、ゆっくりと、こう答えた。
「……明日は、おばあちゃんの家で、カレーライスを、食べたい」
雅彦の言葉に、アリアは、優しく微笑む。
「うん!いい考えだね!じゃあ、明日は、みんなで、カレーライスを作ろう!」
アリアは、そう言って、雅彦の手を引いて、おばあちゃんの家へと、帰っていった。
雅彦の心の中に、再び、生きる希望の光が、灯り始めていた。
こうして、女騎士アリアと仲間たちは、日本の田舎で、新たな仲間と出会い、彼らの旅は、これからも、続いていく。
この続きは、次回の物語で描かせていただきます。




