秋のお月見散歩
秋の夜。
家の台所では、おばあちゃんが丸めた白い団子を皿に並べていた。
蒸したての餅米の香りが漂い、窓の外からは虫の音が涼やかに届いてくる。
「お月見やちゃ。今夜は満月やからな」
にこにことおばあちゃんが言うと、愛菜は団子をひとつつまみ上げ、口に放り込んだ。
「んー……ただのもちじゃん。丸いだけで特別とか、正直意味わかんない」
「こら」
おばあちゃんは苦笑しながらも眉をしかめる。
「形に心を込めるもんやちゃ。月に供えて、無事を祈るんや」
アリアたちは、そのやりとりの意味は分からなかった。
けれど、皿に並んだ丸い団子に、不思議と視線を奪われていた。
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■ 夜の散歩へ
「さ、行こ」
愛菜が懐中電灯を取り出すと、アリアたちは目を丸くした。
「小さな光の魔道具……?」
リリスが呟くと、愛菜は吹き出した。
「これ? 懐中電灯だってば!」
家を出ると、田んぼの道は夜露でしっとりと濡れていた。
稲刈りを終えた田んぼには短い切り株が並び、月明かりに照らされて銀の波のように揺れている。
道端のすすきも風に揺れ、白い穂がふわりと光を受けた。
「……静かだ」
アリアが小さく呟く。
いつもは警戒を怠らない彼女の声に、安らぎの色があった。
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■ 満月の夜
やがて、坂の上に出る。
そこには近所の人たちが腰を下ろし、縁台に団子やすすきを供えていた。
「こんばんわー」
「あらあら、愛菜ちゃんと、この人たちも来たがやね」
意味は分からずとも、柔らかな笑顔にアリアたちは胸に手を当てて頭を下げた。
ふと顔を上げると――
「わぁ……!」
レンが声を上げた。
夜空に、丸い月が輝いていた。
山の稜線から昇ったそれは、眩しいほどに大きく、黄金色を帯びて田んぼの水面に反射していた。
まるで空と大地をつなぐ道。
「二つ目の太陽……!」
レンは興奮して手を伸ばす。
ミリアは胸の前で両手を合わせ、祈るように目を閉じた。
「……神聖な夜。静けさの祝祭……」
ルナは長い髪を揺らしながら、じっと月を見つめる。
「私たちの世界の月とは違う。でも……同じ温かさ」
ガレンは腕を組んで唸る。
「これは……戦場を照らす月じゃない。ただ、見上げるための……」
ボリスはしみじみと頷き、懐から小さな徳利を出しかけ、愛菜に慌てて止められた。
「はいはい! 飲むのは帰ってから!」
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■ 月見団子
「よかったら、どうぞ」
近所のおばさんが笑顔で団子を差し出してくれた。
アリアたちは恐る恐る口にする。
もちもちとした食感。控えめな甘さ。
「……やわらかい……」
アリアが目を細める。
「おいしい! けど、不思議な味!」
レンがはしゃぎ、ミリアは「甘さが月の光に似てる」と表現した。
ルナは黙って一口かじり、口元に微笑を浮かべる。
リリスは静かに団子を見つめ、「供物のよう……」と呟いた。
ボリスは大口で頬張り、感嘆の声をあげた。
「うぉぉ! これは酒の肴にぴったりだ!」
「だから飲むのは帰ってから!」
愛菜がまた突っ込み、周囲から笑いがこぼれた。
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■ 言葉なき共感
月を見上げる人々の輪の中で、アリアたちは再び胸に手を当て、深く頭を下げた。
「ありがとう」の音を知らない。
けれど、この夜の温かさに感謝していることを伝えたかった。
近所の人たちは「うんうん」と頷き、柔らかい笑顔で受け止める。
「気持ちはちゃんと分かっとるちゃ」
「来てくれてありがとやね」
意味は分からなくても、その声色に、アリアたちは確かに理解した。
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■ 月の魔法
帰り道。
稲刈り後の田んぼに映る月の光が、まるで銀の道のように続いている。
アリアは足を止め、仲間に小声で告げた。
「戦いのない夜……ただ月を見上げる夜……これもまた、魔法」
レンも、ミリアも、ルナも、それぞれの瞳に月を映した。
愛菜は「眠い……」とぼやきつつも、横でにっこり笑っていた。
その笑顔もまた、月と同じくらい優しく、彼女たちの胸に灯りをともすのだった。




