迷子犬の捜索
夕暮れどき。
畑の上を赤い陽が沈み、家の周りに静かな影が伸びていた。
アリアたちは今日も畦道を散策していた。
稲の波が風に揺れ、どこまでも山々が連なる。
その静けさを破るように、慌ただしい声が響いた。
「す、すまんの! 犬がいなくなったんやちゃ!」
駆け込んできたのは近所のおばあさんだった。
小さな柴犬を飼っていると、愛菜が以前に話していた相手だ。
「えっ!? ポチが!?」
愛菜が目を丸くする。
「さっきまで庭におったのに、気づいたら柵を抜けて逃げてしまって……。もう心配で心配で……」
意味の分からない言葉にアリアたちは首をかしげた。
だが、おばあさんの必死な表情で状況は察せられる。
愛菜が簡単に説明すると、アリアは真剣な顔で頷いた。
「任せて、ということね」
彼女は胸に手を当てて深く頭を下げ、仲間たちを振り返った。
レンもガレンも、すぐに構えを正す。
――迷子の犬探し。それは彼らにとって、立派な“任務”に思えた。
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■ 捜索開始
アリアたちは家を飛び出し、畑の周囲を探し始めた。
レンは田んぼのあぜ道を走り回り、地面を指さす。
「見て! 小さな足跡だよ!」
確かに土に残る小さな肉球の跡。
ミリアが前のめりに観察し、魔法的探知を試みたが……。
「……ダメ。魔力の痕跡はない……」
彼女は困惑した表情で首を振る。
「当たり前だろ! 犬だぞ!」
ガレンが突っ込み、周囲に響く声で呼びかける。
「おーい! わんこー!」
リリスは耳を澄ませ、風の音に混じる何かを探ろうとする。
「……まだ近くにいる。けれど、方向が分からない……」
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■ 中学生たちの合流
そのとき、坂道の方から声がした。
「どうしたん!?」
昨日出会った中学生たちが、制服姿で駆け寄ってきた。
部活帰りの子は自転車を押し、ジャージ姿の子もいる。
愛菜が説明すると、みんなすぐに顔を引き締めた。
「よし、一緒に探そう!」
「俺、自転車で川の方回ってみる!」
「私、神社の裏山行くね!」
あっという間に子どもたちの捜索隊が結成された。
アリアたちはその勢いに驚きながらも、心強さを感じる。
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■ ボリスの大声
ボリスは畦道に立ち、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「おーい!! 犬ぇぇぇ!!!」
地響きのような声が山にこだまし、鳥が一斉に飛び立つ。
「うるさっ!」と愛菜が耳をふさいだが、中学生たちは大笑い。
「歌も歌えるぞ!」
ボリスが勝手に酒の歌を歌いだし、場はますます騒がしくなる。
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■ 発見の瞬間
その騒ぎの合間。
ルナが草むらに耳を澄ませ、目を細めた。
「……聞こえる。小さな声……」
彼女が指差したのは畑と山の境目の茂みだった。
アリアたちが駆け寄ると――
「キャン……」
小さな柴犬がうずくまり、不安そうに震えていた。
「ポチ!」
愛菜が叫び、そっと抱き上げる。
犬は一瞬身を固くしたが、すぐに彼女の匂いに気づき、安心したように尻尾を振った。
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■ 感謝の言葉
駆けつけた飼い主のおばあさんが、涙をにじませながら犬を抱きしめた。
「よかった……ほんとうによかった……!」
アリアたちは顔を見合わせ、胸に手を当てて深くお辞儀をした。
言葉は出てこない。
それでも「伝えたい」気持ちは全員の仕草に宿っていた。
おばあさんはその様子を見て、静かに頷いた。
「分かっとるよ。ありがとう、ほんとありがとうやちゃ」
中学生たちも「すげー!」「よかったね!」と歓声を上げる。
愛菜は照れくさそうに笑った。
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■ 夜の安堵
家に戻るころには、空には星が瞬いていた。
犬はおばあさんの膝にすやすやと眠り、安心しきった様子だった。
アリアは夜空を仰ぎ、小さく呟く。
「……どこの世界でも、人を助けることは同じなのね」
仲間たちも静かに頷き合う。
異世界と日本――違う世界を隔てても、心の在り方は変わらない。
そんな確信を胸に、彼らの日本での日常はまた一歩進んでいった。
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◆あとがきメモ
•犬探しを「冒険」になぞらえることで、アリアたちにとっても自然な行動に。
•中学生の合流で地域ぐるみの温かさを表現。
•発見シーンはルナの感覚を活かして活躍。
•ラストは「人を助けることは世界共通」というテーマで締め。




