海の章 ― 第1話「居酒屋の噂」
◆港町の夜
港町の大きな酒場は、漁師や商人で賑わっていた。
テーブルにはジョッキや焼きパン、干し肉やワイン瓶が並び、笑い声と歌が飛び交う。
その隅の席で、一人の男が豪快に飲んでいた。
昼間の福引で特賞を当てた町人――マルコだ。
「へっへっへ! 豪華客船の乗船券! 明日からは海の王様だ!」
隣の席にアリア一行が腰を下ろした。
レンは水をぐいっとあおり、ミリアは小皿の硬いパンを抱え込む。
ボリスは酒樽を片手で傾け、エリオットは無表情でチョロスをぽりぽり。
アリアは真顔で水を口に含み、ただ男を見据えていた。
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◆噂の真相を
レンが身を乗り出す。
「なあ! あんた、船の券を当てたんだろ? でも海に“人喰いサメ”が出るって噂、あれ本当なのか?」
マルコは鼻で笑った。
「ガハハ! そんなの漁師の与太話だ! サメなんざどこにでもいる!」
「与太話、ねえ……」ボリスが眉をしかめる。
「じゃが、この前沈んだ漁船もあると聞いたぞ」
ミリアが不安そうに囁く。
「ほんとに……襲われたの?」
マルコは一瞬目を泳がせ、ジョッキをあおった。
「ま、まあ……でっけえ影を見たって話はある。人の胴をひと飲みにしたとか……」
「……」エリオットは手を止め、冷静に言った。
「ただのサメではありませんね」
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◆迫る不穏さ
酒場の別の席からも声が聞こえてきた。
「またサメが出たらしいぞ」
「船底を叩いて壊すんだと」
「海の魔物かもしれん……」
ざわめきが広がり、酒場の空気が一気に冷えた。
レンは青ざめて背を丸め、
ミリアは「いやだよ……海行きたくないよ」と小声で言う。
ボリスは酒をぐっと飲み干し、「もし出たら儂が叩き潰す」と拳を鳴らした。
エリオットは「死肉を漁るのは魚も同じこと……」と静かに呟く。
アリアは真顔のまま立ち上がり、マルコの肩に手を置いた。
「……ただの噂ではない。わたしたちも、船に乗る」
マルコはぎょっとしたが、やがて安心したように笑った。
「心強いな! 英雄の皆さんが護衛なら、安心して船旅を楽しめる!」
アリアは短く答えた。
「……鐘を鳴らさせない」
酒場に、一瞬だけ静けさが落ちた。
そして次の瞬間、外の港から――低く不気味な波音が響いた。
(つづく)




