町の人のエピソード ― 宿屋の珍客
◆宿屋にて
山あいの町に着いたアリア一行は、久々に大きな宿屋に泊まることになった。
木造二階建ての立派な建物で、食堂からは香ばしい匂いが漂ってくる。
「いい匂いだな!」
レンは鼻をひくつかせ、腹を鳴らした。
ミリアは笑顔で「今日こそおいしいものが食べたいね」と言う。
宿屋の主人は胸を張って現れた。
「お客人方! 今宵は特別だ! 我が宿の新名物料理をぜひ味わっていただきたい!」
「新名物?」
アリアが小首を傾げる。
「そう! これまでにない斬新な組み合わせ! 他では絶対食べられぬ味だ!」
主人の目はギラギラと輝いていた。
レンは期待に胸を膨らませた。
「うおお! 新名物か! 楽しみだ!」
ボリスは腕を組み、「妙に胸騒ぎがするんじゃが」と唸り、
エリオットは「嫌な予感しかしませんね」と早くも匙を置いた。
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◆謎の料理たち
最初に出てきたのは、大鍋いっぱいの煮込み。
だが、湯気の向こうから漂う匂いは……甘ったるく、それでいて魚臭い。
「こちら! 我が宿特製! 鯖の蜂蜜ケーキ煮込み!」
「はああああ!?」
レンが絶叫した。
「なんで魚とケーキを一緒に煮るんだよ!!」
「……奇抜じゃな」ボリスは額を押さえる。
「胃袋が神罰を下しそうじゃ」
エリオットは黙って椀を受け取り、一口。
無表情のまま匙を置いた。
「……死者でも喜ばないでしょう」
ミリアは勇気を振り絞って口に入れ、ぶるっと震えた。
「……あ、甘いのか……しょっぱいのか……わかんない……」
主人は自信満々に胸を張る。
「甘味と塩味の調和! これぞ新境地!」
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次に出てきたのは、串焼き。
だが串には、肉と果物とチーズとパンが交互に刺さっている。
「特製! なんでも全部刺し串!」
レンは「いや、ただ刺しただけじゃねえか!」と机を叩き、
ボリスは「食べ物の無駄遣いじゃ……」と呻き、
エリオットは「カオス」と一言。
ミリアは恐る恐る一口。
「……おいしくない……」
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◆アリアのひとこと
皆が呻き声を上げるなか、アリアは真顔のまま煮込みを一口食べた。
沈黙。
周囲が固唾を呑む。
「……食べられなくはない」
その瞬間、全員が椅子から転げ落ちそうになった。
「アリア姉ちゃん!? 嘘だろ!?」
「どんな味覚してんのじゃ!」
「……勇者的フォローですね」
主人は大喜びで両手を広げる。
「おお! やはりそうでしょう!? これは名物になる!」
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◆結末
結局、一行は腹を満たすため別の店で軽食を買い直す羽目になった。
レンは涙目で「二度とあの宿では食べない……」と呟き、
ミリアは「普通のおかゆでいいのに……」としょんぼり。
ボリスは「胃が痛い……」と呻き、
エリオットは「まだ死ななかっただけ幸いです」と冷静に言った。
アリアだけは真顔で、宿の土産用「鯖蜂蜜ケーキ」の包みを抱えていた。
「……保存食には悪くない」
「「「「悪いに決まってるだろ!!」」」」
(宿屋の珍客 完)




