人情譚 ― 花を咲かせる少女
◆小さな村にて
山裾の小さな村。
アリアたちが立ち寄った宿で耳にしたのは、一人の少女の噂だった。
「……もう長くはないそうだ」
「せめて最後に花を見せてやりたいって、親御さんが……」
少女は名をリリアといい、重い病に伏せっていた。
彼女の願いはただ一つ――「野いっぱいの花を見たい」というものだった。
レンが唇を噛む。
「そんな……叶えてやれないのか?」
ミリアは不安げに首を振る。
「この季節じゃ花は咲かないよ……」
ボリスは眉を寄せ、「神は試練を与えるものじゃ」と重く呟く。
エリオットは冷静に言った。
「……だが、工夫すれば幻でも形にはできる」
アリアは黙って頷いた。
「……やってみよう」
⸻
◆準備の日々
アリア一行は村人たちと力を合わせ、畑を耕し始めた。
ボリスは祈祷で土を豊かにし、レンは汗を流して鍬を振るう。
ミリアは草花の種を集めて土に撒き、エリオットは幻術で芽吹きを促す。
「すごい……」
村人たちも巻き込まれ、次第に畑は小さな緑で覆われていった。
夜には焚き火を囲み、皆で相談を重ねた。
「明日には形になる」エリオットが低く断言する。
「だが花開く光は必要だ」
「ならばわしの祈祷で導こう」ボリスが聖印を掲げる。
「レン、朝日に合わせて畑を整えろ」
「おう!」
「ミリア、最後の仕上げは任せる」
「うん、絶対に咲かせる!」
アリアは剣を膝に置き、ただ静かに仲間たちを見守っていた。
⸻
◆花畑の奇跡
翌朝。
リリアは母に抱かれ、畑へと連れてこられた。
彼女の頬は痩せ、息も細い。
「……ほんとうに?」
その瞬間。
大地がきらめき、畑一面に花が咲き誇った。
色とりどりの花々が風に揺れ、香りが村を包む。
「きれい……!」
リリアの瞳が大きく見開かれ、頬が赤らんだ。
「夢みたい……」
レンとミリアは涙をこらえきれず、手を取り合った。
ボリスは胸に聖印を押し当て、
エリオットは小さく息を吐き、微笑を浮かべた。
アリアは真顔のまま、少女を見つめて呟いた。
「……見届けられてよかった」
⸻
◆別れ
数日後。
リリアは静かに息を引き取った。
だが彼女の顔には、安らかな笑みが残っていた。
村人たちは深く頭を下げ、涙ながらにアリア一行を見送った。
「ありがとう……あの子に花を見せてくれて……」
アリアは短く頷いた。
「……鐘を鳴らさずに済んだ。それで十分だ」
一行は再び旅路へと歩き出す。
背後には、花の香りがまだ残っていた。
(花を咲かせる少女 完)




