機械仕掛けの妖精編 ― 第3話「鐘を止める者たち」
◆暴走する妖精
夜の工房は鐘の音に支配されていた。
甲高い金属音が壁を震わせ、歯車仕掛けの妖精が宙を舞う。
羽ばたくたびに青白い火花が散り、その小さな口からは壊れた子守唄が響く。
「ひとりは……いや……」
「おとうさん……かえして……」
「くっ……頭が……!」
レンがこめかみを押さえて膝をつく。
ミリアも耳を塞いで震えた。
「やだ……頭の中に声が……!」
「これは精神を侵す波動だ!」
ボリスが祈祷を唱え、聖印を掲げる。
「光よ、我らを守れ!」
光が仲間を包み、かろうじて意識を保たせる。
エリオットは冷ややかに呟いた。
「……心を奪う鐘。魂を縛る呪い。禁忌そのものですね」
影の鎖を伸ばし、妖精の羽を絡め取ろうとするが、羽音の衝撃で弾かれた。
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◆剣の一閃
「……鐘は鳴らさせない」
アリアが一歩踏み出す。
鐘の音が頭を揺さぶる。だが彼女は揺らがない。
剣を握る手に力を込め、真顔のまま妖精へと突き進む。
「やめて……!」
妖精の青い瞳が潤んだように見えた。
「おとうさん……こわい……」
アリアの剣が振り下ろされる寸前――
「待て!」
工房の奥からアーベルが飛び出した。
「娘を……! 娘を殺すな!」
妖精は彼に気づき、羽ばたいて近寄ろうとした。
だが次の瞬間、鐘の音が狂ったように高鳴り、妖精の身体が軋みを上げた。
「――――っ!」
歯車が飛び散り、火花が弾ける。
妖精は暴走し、工房そのものを壊しかねない勢いだった。
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◆最後の言葉
「アーベル!」アリアが叫ぶ。
「これ以上は、誰も救えない!」
男は苦しげに顔を歪め、涙を流した。
「……わかっている……わかっているのだ……!」
その瞬間、妖精の瞳がかすかに揺れ、震える声を発した。
「……おとうさん……ありがとう……」
アーベルは膝をつき、顔を覆った。
アリアは跳び上がり、剣を振り抜いた。
刃が妖精の胸を貫き、心臓部の歯車を断ち割る。
鐘の音は、ぴたりと止んだ。
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◆鐘を止める者たち
青い光はふっと消え、妖精の小さな体はただの鉄屑となって床に落ちた。
静寂が戻り、工房には夜風だけが吹き込む。
アーベルは残骸を抱きしめ、声にならぬ嗚咽を漏らした。
「……すまなかった、娘よ……」
ボリスは黙って祈りを捧げ、
ミリアは涙を拭き、レンは唇を噛んだ。
エリオットは静かに、「安らかに」と呟いた。
アリアは剣を収め、真顔のまま工房を見回す。
「……鐘は、止まった」
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◆後に残るもの
翌朝。
町にはもう鐘の音も歌声も響かなかった。
アーベルは工房を閉ざし、町人たちに頭を下げた。
「……私はもう何も作らない。だが、あの子の声を聞かせてくれた……ありがとう」
アリア一行は町を去る。
振り返った礼拝堂は静かに沈み、鐘はただの鉄塊となっていた。
「……悲しい話だったな」レンが呟く。
「でも……最後に、娘さんの声が……」ミリアが涙声で言う。
「まこと、報いを受けたものじゃ」ボリスは低く祈りを続けた。
エリオットはただ冷静に、
「禁忌の果てにしては、救いが残った」と言った。
アリアは真顔のまま一言。
「……鐘を鳴らさせずに済んだ。それで十分だ」
(機械仕掛けの妖精編 完)
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後書き
本編では「父の愛情」と「禁忌の錬金術」を絡め、哀しみと恐怖を描きました。
妖精は可愛らしさと不気味さを兼ね備え、最後には「ありがとう」と残して消えることで、人情味を添えています。
鐘を止める――その役を担ったのはアリアたちですが、実際に心を縛られていたのは父親自身だったのかもしれません。




