機械仕掛けの妖精編 ― 第2話「錬金術師の夢」
◆工房へ
翌朝。
鐘の音と妖精の噂を辿ったアリア一行は、町外れの林にある古い石造りの工房へと向かった。
扉は錆びた鉄で閉ざされていたが、叩くと内側から軋む音がして開いた。
出てきたのは、白髪まじりの壮年の男だった。
ぼさぼさの髪に煤けた白衣。だが瞳だけは強く光っている。
「……余所者か」
男は低い声で呟き、目を細めた。
「お前たちも、あの鐘の噂を聞きつけたのだな」
アリアが一歩進み出る。
「昨夜、礼拝堂で見た。あの小さな機械仕掛けの……妖精」
男の肩がびくりと震えた。
そして、苦しげに笑った。
「……そうか。あれは、わたしが作った」
⸻
◆錬金術師の告白
名をアーベルというその男は、かつて都の錬金術師として名を馳せた人物だった。
だが十年前、彼は娘を病で失い、全てを捨ててこの町に流れ着いた。
「娘を……もう一度この腕に抱きたかった」
アーベルは拳を握り、震わせる。
「だから、魂を呼び戻す術を探し、歯車と魔力で器を作った。……あれは、わたしの娘だ」
レンが目を見開いた。
「だ、だが……あれはただの機械じゃ」
「ただの機械ではない!」
アーベルは声を荒げた。
「娘の髪を織り込み、骨の欠片を秘匿の呪陣に刻み、心臓部にはわたしの命の炎を注いだ……! あれは、確かに娘の声を持っている!」
ミリアが息を呑む。
「……泣いてたよ。『おとうさん』って」
男の目に涙が滲んだ。
「だが、制御ができなくなった。夜ごと鐘を鳴らし、人の意識を蝕む。……もう止めねばならんのだろう」
⸻
◆決意
「鐘が続けば、町が危うい」
エリオットが冷静に告げる。
「もはや禁忌の領域です」
ボリスは深く息を吐いた。
「娘を想う気持ちは痛いほどわかる。だが、これは神の道に背くものじゃ」
レンは拳を握り、「……止めるしかないのか」と唇を噛んだ。
ミリアは涙を浮かべ、黙って首を振っていた。
アリアはただ真顔で剣を握り直す。
「……鐘を鳴らさせない」
アーベルは深くうなずき、震える声で言った。
「……頼む。あの子を、安らかに眠らせてやってくれ」
⸻
◆夜の工房へ
日が暮れる頃、工房の奥で再び鐘が鳴り始めた。
青白い光と共に、機械仕掛けの妖精が宙に浮かぶ。
その羽が軋み、瞳が淡く揺れている。
「おとうさん……」
「ひとりは……いや……」
町にまた、不気味な歌声が響き渡った。
「来るぞ!」レンが槍を構え、
「神よ導きを!」ボリスが祈祷を紡ぐ。
エリオットは死霊を呼び、影を走らせた。
ミリアは唇を噛み、必死に震えを抑える。
アリアは前に出て、静かに言った。
「……終わらせる」
工房の夜が、鐘と共に狂気へと染まっていった。
(つづく)




