森の小屋編 ― 第7話「夜明けの狂気」
◆小屋の残骸
床は血と泥で濡れ、崩れた壁からは冷風が吹き込んでいた。
外の呻き声は弱まらず、むしろ増しているように聞こえる。
「まだ……まだ夜明けじゃないのか……」
カイルが壁際にしゃがみ込み、頭を抱えていた。
その目は虚ろで、もはや戦意など残っていない。
「立ちなさい! 男でしょ!」
エルナが彼の胸ぐらを掴む。
「最後まで私を守れって言ったじゃない!」
「うるせぇっ! お前のせいだ! お前がここに来たいなんて言うから!」
「違う! あんたが逃げようって言ったんでしょ!」
口論は絶叫に変わり、ついに二人は殴り合いを始めた。
その背後で、壊れた窓から伸びた死霊の腕がカイルを掴む。
「ひっ……やめろぉお!」
次の瞬間、二人とも窓の外に引きずり出され、闇に消えた。
ミリアは思わず耳を塞ぎ、レンが妹の肩を抱き寄せた。
「見なくていい……!」
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◆冒険者たちの崩壊
ハヤブサの牙の生き残りは半狂乱になり、
「もう嫌だ! こんなとこいられるか!」と叫んで扉に駆け寄った。
「開けるな!」アリアが制止するより早く、
男は扉を引き開け――次の瞬間、屍の群れに押し潰された。
悲鳴はすぐにかき消され、血だけが床に流れ込んだ。
破邪の剣のアドリーヌは震える手で魔剣を振るい、仲間の遺体を叩き斬った。
「こいつらはもう仲間じゃない! 怪物だ!」
叫び声は涙で濡れていた。
「やめろ! 落ち着け!」マルグリットが制止するが、
自分も炎を乱射し、小屋の梁を焦がしてしまう。
セレスティーヌは壁際で杖を抱きしめ、顔を蒼白にしていた。
「……下賤の……下賤の者どもが……」
その瞳は恐怖で揺れ、気品などどこにも残っていなかった。
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◆呪詛に囚われる
「……聞こえる……」
ミリアが震える声を漏らした。
「誰かが……呼んでる……」
「耳を塞げ!」エリオットが即座に叫んだ。
「これは呪詛だ! 意識を奪われる!」
だが次の瞬間――
アリアの動きが止まった。
「アリア?」レンが呼びかける。
女騎士の瞳が暗く濁り、口が勝手に呟きを紡ぎ始めた。
「……門を……血で……開けよ……」
「いかん!」ボリスが飛び出し、聖印を掲げる。
「目を覚ませ、アリア!」
だがアリアの剣がぎらりと光り、仲間へと振り下ろされようとした。
「アリアっ!」ミリアが悲鳴をあげ、レンが槍を構えた。
刹那――エリオットが影の鎖を伸ばし、アリアの腕を絡め取る。
「意識を保て! お前は呪いに屈する者ではない!」
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◆女騎士の抵抗
アリアの瞳に光が戻り、刃は寸前で止まった。
荒い息を吐き、彼女は自らの額を押さえる。
「……すまない。……私まで呑まれるところだった」
レンが安堵し、ミリアは涙を拭った。
ボリスは額の汗を拭い、低く唸った。
「邪悪め……仲間を喰らわせるつもりか」
「夜明けまでは持たないかもしれません」エリオットの声は冷静だが、額には深い皺が刻まれていた。
呻き声はさらに増し、小屋の残骸を揺らす。
夜はまだ終わらない。
(つづく)




