森の小屋編 ― 第5話「疑念と恐怖」
◆長い夜
嵐は収まらず、小屋を打つ風雨はますます強まった。
外からは呻き声と木を叩く音が絶えず、まるで亡者たちが壁の向こうで息を潜めているかのようだった。
中は静まり返っていた。だがそれは秩序ではなく、張り詰めた恐怖の沈黙だった。
誰もが隣に座る者をちらりと盗み見、口を開けば誰かを責める。
「これは……誰かが呪いを呼び込んだに違いない」
震える声で言い出したのは商人ハーゼンだった。
「わしじゃない……わしじゃないぞ! わしは何もしておらん! あの女騎士たちが地下を探ったんだ! あやつらが――」
「黙れ!」ボリスが杖を突き立て、雷鳴のように怒鳴った。
「わしらを陥れる気か! 神に誓って我らは何もしておらん!」
「神だと? 神がこんな目に遭わせるのか!」
ハーゼンが泣き叫び、オットーは黙って主人の肩を押さえた。
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◆令嬢たちの崩壊
「落ち着きなさいよ」
アドリーヌが眉を寄せ、魔剣を膝に置いた。
「こんな時こそ冷静に――」
「冷静だと? こんな小屋に閉じ込められて、わたくしが平民どもと同席しているのですわよ!」
セレスティーヌが声を荒げる。
「不快! 恐ろしく不快! すべてあなたたちのせい!」
ミリアはきゅっと拳を握った。
「……誰が貴族だろうと、今は関係ないでしょ」
セレスティーヌの鋭い視線が少女を射抜く。
「口答えするなんて……やはり平民の教育は――」
「もういい加減にしろ!」レンが叫んだ。
「誰が上だ下だなんてどうでもいい! 今は生き残ることだけ考えろ!」
その声にセレスティーヌは一瞬たじろいだが、すぐに顔を背けた。
「……無礼者」
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◆カップルの最期に近づく
「エルナ……もう無理だ……俺たち死ぬんだ」
カイルが泣きそうな声を漏らす。
「縁起でもないこと言わないで!」
エルナは彼を叩き、唇を震わせた。
「最後まで私を守りなさいよ……!」
二人は互いの手を握りしめたが、その顔には愛よりも恐怖が色濃く刻まれていた。
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◆仲間の結束
そんな混沌の中、アリア一行は火の傍に集まっていた。
ミリアが兄の袖を握り、レンは真剣な顔で槍を立てている。
ボリスは額に汗を浮かべながらも聖印を握り、低く祈りを続けていた。
エリオットは冷静な目で皆を見回し、淡々と告げる。
「……恐怖は敵を強くする。奴らは我らが心の隙を喰らう。だから、我らだけは疑い合うな」
「……ああ」レンが頷いた。
「お前の言う通りだ。俺たちは一緒に生き残る」
アリアは焚火を見つめ、低く言った。
「……鐘を鳴らさずに済むよう、全員で戦う」
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◆小屋を破る影
その時だった。
どん、と壁が揺れ、窓の格子が弾け飛んだ。
黒い影が雪崩れ込む。
腐れた獣の死骸、鎧を纏ったままの骸骨、爛れた村人の姿――。
呻き声と共に、死霊の群れが小屋へ突入した。
「来たぞ!」
レンが叫び、ボリスが聖印を掲げ、ミリアが悲鳴をあげる。
エリオットは素早く術を展開し、アリアは剣を抜いて前に出た。
「……構えろ。ここが正念場だ」
(つづく)




