森の小屋編 ― 第3話「囁く声」
◆退屈な夜
雨はやむ気配を見せず、外は闇に沈んでいた。
小屋の中は狭いのに大人数でひしめき合い、湿気と息苦しさが充満している。
「……なぁ、退屈すぎて死にそうだぞ」
ハヤブサの牙のひとりが薪の山に寝転がり、欠伸をかみ殺した。
「外にも出られねぇし、酒もねぇ……これじゃ修行僧の座禅と変わらん」
「下品な男ね」セレスティーヌが扇をぱちりと鳴らす。
「わたくしを同席させているのですから、もう少し愉しませなさい」
ミリアはむっとして顔を背ける。
レンは内心で「……やっぱりなんだよあれ」と苛立ちを募らせていた。
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◆手品の提案
「では――このわたくしが退屈を払って差し上げましょう!」
声を張り上げたのは破邪の剣のマルグリット。鎧の上から布を翻し、どや顔を見せる。
「手品、ですわ」
「魔法で……派手に」
ぱちん、と指を鳴らすと、小さな炎が宙に舞い上がり、蝶の形を取ってひらひらと舞った。
「おおお!」
一同から歓声があがる。
「ご覧あそばせ! これぞ貴族の嗜み!」
マルグリットは胸を張り、宝石のような光をさらに散らした。
商人ハーゼンでさえ「こりゃ見事だ……!」と拍手する。
アリアは腕を組んで座り、真顔のまま見ていたが、その眼はわずかに鋭く光った。
(……火の精霊の揺らぎが、不自然だ)
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◆窓の外
皆が手品に見入っている最中だった。
レベッカ――町長の娘で金のことしか考えていない彼女が、ふと窓辺に近寄る。
「……ねえ、今、誰かいた?」
その声に数人が振り向いた。
「は? 雨しか降ってねぇよ」ハヤブサのひとりが笑う。
レベッカは首を傾げ、もう一度外を覗き込む。
闇の向こうで何かが立っているように見えた。
濡れた木々の影か、それとも――。
「…………」
彼女が振り返った瞬間だった。
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◆第一の犠牲者
「ひ、ひぃっ……!!」
悲鳴が小屋を震わせる。
レベッカの顔は蒼白に歪み、瞳は黒く濁り、口から低い声が漏れた。
「……目覚めよ……」
「な、なんだ!?」
カイルが腰を抜かし、エルナが絶叫する。
「おい、冗談だろ!? おいっレベッカ!?」ハヤブサの仲間が肩を掴んだ瞬間――
がばり、と彼女の腕が異様な力で振り払われた。
骨の折れる音。男が悲鳴を上げて倒れ込む。
「きゃああああ!」ミリアが叫ぶ。
レンがすかさず前に飛び出し、槍を構えた。
「くそっ……取り憑かれてやがる!」
ボリスが杖を振りかざし、怒声をあげる。
「邪悪なものめ! ここから去れ!」
聖印が光を放ち、レベッカの身体が一瞬後ずさる。
しかしその口からは途切れ途切れに呪詛が漏れ続けた。
「眠れる者……血で……門を開けよ……」
エリオットは冷ややかに状況を分析する。
「……外からではない。すでに小屋そのものが呪いに飲まれています」
アリアは真顔のまま剣を抜き放ち、低く呟いた。
「……来るぞ」
その言葉と同時に、小屋の外で呻き声が増え、窓を叩く音が響き渡った。
(つづく)




