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女騎士の独り旅!  作者: 和泉發仙


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森羅の雫(しんらのしずく) ―エルフの少女編③―






夜が明ける。


霧に包まれた森の向こうで、鉄の軍列がゆっくりと進んでいた。

赤い月章の旗が揺れ、金属のきしむ音が空気を震わせる。

レムリア帝国軍――将軍ガレス・ヴェイン率いる討伐部隊である。


アリアは里の門の上に立ち、朝日を見つめた。

「ついに来たな……」


隣で弓を構えるリリスの手が震えていた。

「こんなに大勢……どうすれば……」


エリオットが静かに答える。

「恐れちゃだめだ。僕たちには森がついてる。死んだ者たちも、みんな見守ってるよ」


リリスは目を閉じ、深呼吸をした。

「……うん。負けない」


アリアは二人の背中を見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「そうだ。ここを守る。それだけ考えろ」


森の奥から、エルフたちの弓兵と治癒術師が現れる。

リリスの母エラリアも立っていた。まだ体は弱っていたが、その目は凛としていた。

「森の精霊が見ている。恐れずに行きなさい」



帝国軍の先頭に立つのは、将軍ガレス。

その背後には、副官ヴァルク、魔導士セラ、獣兵隊長ラガンの姿があった。


ヴァルクが低く問う。

「本当に攻めるのですか? この森に民を巻き込めば……」


「命令だ」ガレスは短く答えた。

「この地を制しなければ、帝国の国境が危うい」


セラが笑う。

「なら派手にいきましょう。炎の嵐で森ごと焼けばいい」


ラガンが鼻を鳴らす。

「獣の巣を焼くようなもんだ。楽な仕事だぜ」


ヴァルクは黙って空を見た。雲ひとつない青空が、やけにまぶしかった。



「――始まるぞ!」


アリアの号令と同時に、森がざわめいた。

弓兵たちが一斉に矢を放ち、帝国の前衛が盾を構える。

矢が金属を叩き、火花が散る。


「エリオット、後方支援!」

「了解!」


エリオットが地面に魔法陣を描く。

骸骨兵召喚スケルトン・レギオン!」


地中から無数の骨兵が立ち上がり、帝国の兵を囲んだ。

兵たちは驚愕の声を上げるが、すぐに反撃に転じる。

炎が爆ぜ、骨が砕ける。


「くそっ、炎が強い……! あいつが魔導士か!」


セラが笑いながら杖を振り上げる。

「さあ踊れ――炎槍魔法フレアランス!」


炎の槍が次々と生まれ、空を覆う。

アリアは叫んだ。

「リリス! 結界を!」


「はい! 範囲守護魔法バリアフィールド!」


リリスの詠唱とともに、透明な光の壁が広がり、炎を弾いた。

爆風が吹き抜け、森の葉が舞う。

「……助かったな」

「えへへ、ちょっと怖かったけど!」


アリアは笑い、再び剣を抜いた。

「よし、次はこっちから行く!」


彼女は跳び、槍へと武器を変化させる。

「――貫け! 突槍術ランサー・ドライブ!」


光を帯びた槍が一直線に走り、前衛の兵をまとめて薙ぎ倒した。

リリスの矢がその隙を狙い、魔導士たちの杖を撃ち落とす。

森の精霊が風を巻き起こし、炎が散った。



戦いの只中、ガレスが馬を駆り、アリアの前に立ちはだかった。

「お前が指揮官か。見事な戦いぶりだ」


アリアは剣を構える。

「あなたが将軍ガレス。――なぜ、こんな無益な戦を?」


「国のためだ。それ以外に理由はない」

ガレスの目は澄んでいた。迷いはない。

「俺は剣で国を守る。それが軍人の務めだ」


アリアは一瞬、彼を見つめ、低く言った。

「なら、私も剣で人を守る。守りたいもののために!」


二人の剣がぶつかる。火花が飛ぶ。

重い音が森に響き、地面が震える。

ガレスの剣は重く、力強い。だがアリアは速く、正確だった。


「……強いな。女だからと侮った俺が愚かだった」

「なら退け。まだ間に合う!」


「できぬ!」

ガレスが剣を振り下ろす。

アリアは受け止め、体を回転させて一撃を返す。

刃がガレスの肩を裂いた。


副官ヴァルクが叫ぶ。

「将軍!」


「下がるな!」

ガレスは血を流しながらも立ち上がる。

「この森を制さねば、帝国は――!」


その時、エラリアの声が森に響いた。

「もうやめて! この森は誰のものでもない!」


森全体が光に包まれた。

大地から無数の光の粒が舞い上がり、アリアたちの体を包む。

リリスが叫ぶ。

「森羅の精霊が……応えてる!」


エリオットが驚きの声を上げた。

「これが――森羅の雫!」


空中で光が一つに集まり、手のひらほどの結晶が生まれた。

それは透き通る緑の光を放ち、森全体に癒しを広げていく。


ガレスはその光を見つめ、剣を下ろした。

「……これが、森の力か」


ヴァルクが低く言った。

「将軍、これ以上は……」


ガレスは息を吐き、頷いた。

「撤退する。これ以上、無益な血は流さぬ」


セラが不満げに唇を尖らせる。

「面白くないわね……でも、まあいいか」


ラガンが肩をすくめる。

「これ以上やれば、俺たちが燃えるな」


帝国軍は静かに退いた。

戦いは、終わったのだ。



戦後。

森は穏やかな光に包まれていた。

エラリアは「森羅の雫」をアリアに差し出した。


「これは森の精霊より授かった宝。あなたたちに託します」


アリアは深く頭を下げた。

「ありがとうございます。この力、必ず正しく使います」


リリスが笑顔で言う。

「アリアさん、エリオットさん……ありがとう。本当に、ありがとう!」


エリオットが照れくさそうに笑った。

「僕はたいしたことしてないよ。骨を動かしただけさ」


アリアは二人を見て、柔らかく微笑んだ。

「それでも助かった。君の力は人を救える」


リリスの母エラリアが頷く。

「あなたたちはこの森の恩人。森はあなたたちを祝福するでしょう」



数日後。

旅立ちの朝、アリアとエリオットは門の前に立っていた。

リリスが駆け寄り、笑顔で手を振る。


「また会える?」

「必ず。また会おう。その時は――一緒に戦おう」


「うん!」


リリスは涙をこらえながら笑った。

「ありがとう、アリアさん。……あなたみたいな人になりたい!」


アリアはその頭をそっと撫でる。

「なれるさ。森が君を見てる」


エリオットがリュックを背負い、空を見上げた。

「次はどこへ行く?」


「まだ決めていない。でも、行くべき場所がある気がする」

アリアは微笑む。


森の風が二人を包み、木々が静かに揺れた。

新しい旅の始まりを、森そのものが祝福しているようだった。


――アリアとエリオットの旅は続く。






これにて「エルフの少女編」完結です。

今回はアリアの“守るための剣”が形になり、リリスが“忌み子”から“英雄”へと生まれ変わる回でした。

森羅の雫は、今後のアリアたちの旅における重要な「癒しと再生」の象徴となります。

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