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鬼の棟梁と魂欠けの巫女  作者: 平本りこ
終章

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42/42

終 おかえりなさい

「ふわわわわああああ。おいら疲れたよ。そろそろ休憩しよう、奈古女なこめ様ー。じゃなくて、奥様ー」

「えっ、あ、うん、休憩ね」


 影雀かげすずめ鬼孔きこうに去り、季節が二つ過ぎた。この初夏、正式に真均まさひとと結ばれ鬼頭の女主人となって一月足らず。未だ慣れない呼称に居心地の悪さを覚えつつ、奈古女は膝の間で馬に揺られるあくびの目尻に浮かんだ涙を拭ってやった。


「もうちょっとで着くから辛抱して」

「うーん。奥様が言うなら仕方ないなー」


 かつりかつりと馬蹄が地を叩く。


 東国へやって来た日には一人で騎乗ができなかった奈古女だが、棟梁の妻たる者が馬にも乗れないなど威信に関わる、と郎党らから盛大に嘆かれて、尻の皮を犠牲にして猛特訓した。何事にも不器用の気があるためか、お世辞にも筋がいいとはいえないものの、何とか乗馬を習得し、今では遠出もできるようになった。


「何でも半人前なのは、影雀がいないからかな」


 ぽつりと漏れた呟きに、あくびが生真面目に答えてくれる。


「うーん、おいら、難しいことはわかんないけど、奥様と影雀は二人で一つなんだよねー。だったらきっと、影雀とまた会えたらすごいことになるんじゃないかなー」

「すごいことってたとえば?」

「うーん、殿の眉毛の間の皺がなくなるとかー?」


 不意の一撃を食らい、思わず噴き出す奈古女。隣の馬上から、真均が話題の皺をいっそう深めてあくびを睨めつけた。


 奈古女は咳払いをして取り繕い、努めて明るく田畑の奥、山の麓を指差した。


「あ、ほら。あそこですよ。影雀みたいな異形の小鳥の目撃情報があるのは」


 果てのないほど澄んだ蒼天の下、初夏の緑が日差しに歓喜し艶やかな煌めきを放っている。


「あれからもう半年以上経ったんですね」


 腕を庇にして木々の輝きを眺めながら、奈古女は呟いた。


 あの日、館を鬼導丸きどうまるらの手から奪還した後。今日までの道のりは決して平坦ではなかった。


 先代当主の子であることが判明したとはいえ、真均は深紅みくれ経由で鬼の血を引いている。さらに、やむを得ずとはいえ純鬼じゅんき清高(きよたか)を食い、正真正銘の大鬼たいきとなった。


 そんな真均を棟梁として仰ぐことを快く思わない郎党も多くいた。特に、騒動の日に真均が身を挺して鬼導丸に挑んだ姿を目にしていない者らの中には、鬼頭と袂を分かち、国土のさらに東方、未開の地へと去った一族も多い。


 真均は、彼らを咎めなかった。それは、己の本性を引け目に感じていたからというよりも、善良な鬼を受け入れようとしない郎党など、東国には不要と考えたからであった。


 真均は、食い食われる弱肉強食の世界を厭う鬼らと人間が、安心して共存できる東国を作るため、日々奮闘しているのである。


 元より、鬼頭の館やその郎党の館では、俗鬼や純鬼を家僕として雇っていた。混乱がないわけではないが、真均の願いは徐々に軌道に乗り始めている。


「影雀、元気かな」

「どうせ今回も誤報だろう。もう何度無駄足を運んだことか」

「ひどい。でも大丈夫ですよ。今回はきっと本物です」

「なぜわかる」


 奈古女は首をもたげ、真均の顔を見上げて微笑んだ。


「だって、影雀は私の一部ですから」


 奈古女は馬の腹を蹴る。驚いたようにいななき、馬が足を速めた。


「おい、落馬するぞ」

「大丈夫です。私だって、これでも鬼頭の女なんですよ」


 清々しい香りを孕んだ風を切り裂き進む。あくびが口を大きく開き、楽しそうな声を上げている。


 やがてたどり着いた山の麓で馬足を緩め、奈古女は両手を広げて深呼吸をした。新緑の芳香が全身を満たした。


 微風に騒めく梢。枝のあちらこちらでは、小鳥がちゅんちゅんと鳴き交わす。その中に、いつでも鮮明に蘇らせることができるほど聞き慣れた雀の声を聞いた。奈古女は満面に笑みを浮かべ、降り注ぐ木漏れ日の天辺を見上げて呼びかけた。


「影雀、お帰りなさい!」





 鬼は、感情から生まれる存在だ。ならば人がいる限り、鬼が消え去ることはない。いつの世も、人の心は傷つき誰かを恨んで道を誤り、その度に後悔を繰り返すものだから。


 しかし、光に焦がれる鬼とはきっと、手を取り合うことができるはず。人である奈古女が影雀を半身とし、真均を愛するように。



 <完>


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