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1 東国へ

 鬼頭きとうの一族が東国を統べるようになったのは、約百五十年前のことである。それより前、鬼孔きこうは東西問わず湧くものであったのが、鬼頭の一族が朝廷から鬼斬りの宣旨せんじを受けて以降、鬼の出現地はほとんど東国に限定されるようになった。


 その理由を理解するために、まずは鬼がどのようにして生じる存在なのか、知る必要があるだろう。


 鬼は、生まれる方法により三種類に分けられる。


 一つ目は俗鬼ぞっき。最も数が多く脆弱な存在である。粗暴な者もいれば温和な者も、臆病者すらある。俗鬼は人や鬼が垂れ流す負の感情が大地におりとなり染み込んだ後、時の流れとともに濃縮されて、生まれ出る。彼らの性質は、元となった澱に左右される。つまり、憎しみから生まれた俗鬼は荒くれ者だが、悲しみから生まれれば気弱になる、といった具合だ。


 二つ目は純鬼じゅんき。鬼の男女から生まれた生来せいらいの鬼。極端に数が少なく、東国でも目にする機会は少ないのだとか。


 そして三つ目が大鬼たいき。同族や人間を食った俗鬼や純鬼のことである。食われた者は元の鬼の中に人格と姿を取り込まれる。食った方の鬼は餌とした者の知識と力を手に入れることになるため、やがて鬼格きかくが上がり、人を脅かす大鬼となる。


 つまり、大鬼も純鬼も、その大元をたどれば、俗鬼ぞっきにいきつく。俗鬼が負の感情から生まれるものならば、当然、澱んだ感情が多く集う地には様々な種類の鬼が生じやすいということになる。


 鬼頭の一族が郎党を引き連れ赴任してから、東国では多くの血が流された。自ずと憎しみや怒り、苦痛が撒き散らされて、大地に満ちる澱が増えた。


 激化する戦いにより減少する戦い手を補うために、西国にある朝廷は、鬼と戦う武者や彼らの代わりに田畑を耕す農夫として、罪人を東国送りにする制度を設けた。そうして時代が下るごとに、東には血気盛んな武者と悪意や憎悪を撒き散らす元罪人らが増えた。対して、西には負の感情に乏しい善良で呑気な人間たちだけが残されることになったのだ。


 ――と、真均まさひとが淡々と語る話を、奈古女なこめは彼と同じ馬に跨りながら聞いた。七つの年から十二年間巫女としてかんなぎの宮で育った奈古女は、一人で馬に乗ることができない。そのことを知った時、真均は心底面倒臭そうに顔をしかめてから、意外にも、自身の馬に共に跨るようにと命じた。


 嫌な顔をするのならば、なぜ自ら奈古女の世話をかってでたのか疑問だが、もしかすると東国に向かうにあたり、奈古女の鬼に関する知識がどの程度のものなのか測っておきたかったのかもしれない。


 さて、道中、こうして前後に座り馬に揺られていれば自然と仲が深まる……ということもない。むしろ、従者らに指示を飛ばす真均の激しい語気に後頭部を打たれ続けたものだから、彼に対して抱く印象はいっそう近寄り難いものになっていた。


 きりきりと痛み始めた胃を抱え、やっと鬼頭の所領に到着したのは、西国の東端に位置する巫の宮を出立して四日目の昼過ぎのことだった。


「……起きろ。ここからは道が悪い。しっかり掴まらんと落馬する」


 口調のわりに穏やかな声に耳朶を震わされ、奈古女ははっと瞼を上げる。


 周囲を見回せば、右手に蒼い海、左手には人里と緑の山があった。


 この辺り、街道の終盤は海沿いにある。陽光に暖められた潮風を浴びながら、波のさざめきと馬蹄の織りなす規則正しい音に身をゆだねていた奈古女は、どうやら眠りに落ちてしまっていたらしい。


 普段苛烈な言動が目立つ真均だ。馬上で居眠りをするなど何事か、と叱責されるのではなかろうか。思わず身体を固くした奈古女だが、いっこうに罵声は飛んでこない。意外に思い、軽く首を回して背中側に目を向けて、奈古女は静かに息を呑む。


 真均は、海面を渡る風に揺られて鱗のように煌めく地平線をぼんやりと眺めていた。眩しいのだろうか軽く目を細め、口元には微かな笑みさえ浮かべている。安らいだ優しげな表情だ。


 東国は鬼が湧く辺境だが、その分手つかずの自然が豊かな土地である。この地の武者らを束ねる鬼頭の若殿は、東国に誇りを持ち、愛着を感じているのだろう。それが自然と感じ取れるほど、穏やかな眼差しだった。


 常日頃、眉間に皺を寄せて周囲に鋭く目を光らせている真均だが、こうして見ると最初の印象よりもいくらか若く見える。もしかすると、十九の奈古女とそう変わらぬ年齢なのかもしれない。


 取り立てて特徴のない平凡な容姿の奈古女とは違い、元より、容貌は整っているのだ。普段から柔らかな顔をすれば、郎党から恐れられることなどないだろうに。


 などとぼんやりと考えていたところ、突き刺さる視線を感じたらしい真均がいつものように眉根を寄せて、奈古女を見下ろし口を開いた。


「何か用か」

「い、いいえ。何でもありません」


 言葉に打たれ肩を震わせて、前へと向き直る。


 真均が発した声音はひどく不機嫌なものであったのだが、幸いなことに、咎める声は続かなかった。

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