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7 本当は憎いのだろう?

「ふーん、青い俗鬼ぞっきから零れ落ちた精神の塊に魂の一部がくっついた? そんなことあるんだねー。じゃあ本当は、奈古女なこめ様のことが嫌いなのー?」


 語り終えた途端、ふわふわとした言動ながら核心を突かれ、影雀かげすずめは束の間言葉に詰まる。


 憎くない。憎いと思ってしまえば、奈古女の側で生きるという、ささやかな存在理由すら失ってしまうのだから、姉を妬んではならないのだ。


「話聞いてた? あたちは母さんにもちゃんと愛されていたのよ。そりゃあ、奈古女を羨まちいと思う気持ちはあるけど、憎くなんてない」

「そうなのー? おいらなら、ちょっと嫌だなー。だって、奈古女様は人間で、鬼を食べなくても強くなれるし、友達もできて、石を投げられることもないし、それで」

「あんた、何なのよ」


 悪意なく傷を抉るようなあくびの言葉に苛立ち、影雀は声を高くした。


「やっぱり話すんじゃなかった。早くどっか行きなさいよ!」

「うわわ! 嫌な気分になっちゃった? ごめんね影雀ー。おいら、やっぱり難しいことわかんない」


 心底悲しそうに眉尻を下げるあくびを見て、途端に自分が悪者になったかのような心地がした。影雀はいくらか語気を緩める。


「……別に、悪気がないことくらいわかってるわよ。でも、お願い、ひとりにちて」

「うん、わかったよー。ふわああああ。そろそろ寝ようかなー」


 相当眠たかったのだろう。言うなりあくびは樹皮に爪を引っかけ器用に地上へ下りて、夜の闇に消えて行った。


 あくびの気配が去ると、影雀は大きく息を吐く。そして、宙に向けて澄ました声で呼びかけた。


「で、さっきからそこにいるあんた。盗み聞きなんて悪趣味ね」

「ほう、気づいておったか」


 闇に沈む夜の森が、ゆらりと揺れた。薄雲がかかったかのように景色がたなびいて、やがて収斂し、二本角の大鬼たいきの姿へと変化する。


 大鬼は、案外理知的な顔で影雀の隣に腰かけると、馴れ馴れしい笑みを浮かべた。


「数奇な運命よのう。そして、死んだ鬼から零れ落ちた精神が地上に留まるとは。異形の鬼には、未知の能力が秘められているかもしれぬな」

「誰よあんた。でかいんだから同じ枝に乗らないでくれる? 折れたらどうすんのよ」

「折れたら飛べばよいではないか。雀なのだから」


 大鬼は姿勢を改めるつもりないらしい。身体を影雀の方へと寄せたと同時に、枝が悲鳴を上げるように軋んだが気に留めた様子はない。


「のう、おぬし、本当は憎いだろう。姉のことが」

「あんたに何がわかるの」

「わかるさ。同じ鬼だから。我は俗鬼から大鬼になった。人間かぶれの純鬼じゅんきとは違う。おまえの気持ちがわかるのは、人間でも純鬼でもない。負の感情から生まれ落ちた我らの方だ」

「だからお友達になろうって、そういうこと?」

「我らに友という概念など存在せぬよ」


 大鬼は低く笑い、影雀に口を寄せる。ずらりと並んだ鋭い歯が近づくが、不思議と恐怖は覚えなかった。大鬼は、囁いた。


「鬼の世界を作りたくはないか」


 影雀は顔を上げ、大鬼の巨大な顔を見た。


「鬼の世界」

「そう。負の感情から生まれ、負の感情のままに生きざるを得ない鬼たちが、人から迫害されることなく、鬼の本能のまま生きられる場所。呑気で幸福そうな人間らを妬むこともなく、彼らと隔絶された土地で暮らす。我らの理想郷だ」

「……どうやって、鬼の世界を作るの」


 用心深い口調で問えば、興味を引けたことに気をよくした大鬼は口の端を持ち上げた。


「東に、鬼を狩る武者がいる。その棟梁館を、我らの長が占拠した。東国は元々、鬼の土地だったのだ。それを、人間らが侵略し、開墾しただけのこと。我らのものを奪い返して何が悪い」

鬼頭きとうの館ね」

「知っていたか」


 影雀は、微かに金色を帯びる大鬼の瞳をじっと見つめ、それから首を横に振った。


「いいえ、話に聞いたことはあるけど、詳しくはちらないわ。で、あんた、あたちに何をちて欲ちいの?」


 夜風が吹き、木々が騒めいた。流された雲が満月を隠し、山は漆黒のとばりに包まれた。

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