6話 竜王ヴァルナ 5
――此よりは神域。
目覚めよ、神なる十二の星。
汝等、邪なる眷属の歩みを拒め。
織りて現るは、万象の加護――。
「ルミナスバリア!!」
シクロの瞳が魔力光に反応して強く光る。
巨大な光のシールドが天を向いて、幾つも現れる。
魔法という物は、本来大掛かりな物である。
魔力を操れる者が精神を統一させて集中し、魔法の種類ごとに決められた文を詠唱し、同じく種類ごとに決められた術式を脳内に詳細に思い描き走らせる・或いは杖などの魔道具を媒介にしてようやく発動する。
その上、効果はそれぞれの工程の精度、特に術者の経験や実力によって著しく変動する。
……要は、先程は突貫で発動させた故に、ヴァルナに軽くいなされたルミナスバリアだったが、シクロが集中し、本来の工程で発動させたルミナスバリアは――。
「ふはっ!! 堪らん! 堪らんのう!! 勇者というのは! まるで底が見えんじゃあ無いか!!」
上空から隕石が如く急降下してきた竜王の巨体を受け止め切った。
それでも幾層の神光で重なったシールドは一撃で半分以上破られ、その衝撃で辺りの被害は更に広がり、幾つもの家屋が倒壊していた。
「直撃したらいよいよこの街も終わっちゃうんだから大目に見てほしいよ~~! もう! 少しは周りの事考えた攻撃してよ!」
リアルタイムに滅亡が進行する街を心配しながら、誰に言うでもなくシクロは嘆いた。
地に響く衝撃を受けながら少しずつ突破されてゆくルミナスバリアだが、ヴァルナを受け止めるという目的は果たした。
次の一手は――
「……逃げちゃう!!」
脱兎、シクロはバリア破壊を完遂せんとするヴァルナを放置して、街に向けて全力で走り出した。
「ぬうっ!? 追いかけっことやらか!? よいよい、付き合ってやる! 捕まえたら……そのまま喰い殺してやろう!!」
「ひえ~~! 物騒! ボクなんか食べても美味しいわけ無いよ~~~!!」
「人間の雌は若ければ若い程食いやすいのじゃ! たまに添加物のような雑味があるがのぅ! そんな事も知らんのかァ!?」
「く、喰った事ある奴のセリフだーーー!! こわーーー!!」
竜は巨体を翻らせ、シクロを追いかける為に街を滑空し始めた。
翼が建物にぶつかろうがお構いなしであり、通りすがりに破壊された建物の瓦礫が飛散する。
「もう! 環境破壊だよそれ!」
「人間共の尺度で計った環境なんぞ知らんわぁ!」
建物の屋根を飛び越え続け、シクロは風より速く駆ける。
目指すは街の中心部にてそびえ立つ、この街で最も高い建物――時計塔。
師匠には、そこに誘導しろと頼まれた。
それくらいなら楽勝だ、とシクロは余裕を感じていた。
「ぬふ、ぬふふ……やり遂げちゃうよーん」
そして二人きりの時にゆっくり頭を撫でてもらおう。
出来れば後ろから抱っこしてもらって……相手が凄い強い奴だし、倒すのに成功したら、それくらいのわがままなら多分聞いてくれるかも! やだもう! 師匠のえっち!
気持ち悪い薄ら笑いを浮かべながら街の屋根と言う屋根を渡り、疾走する。
そこで、進行方向の先……目の端に小さい影が目に入った。
泣きじゃくる子供が、今にも崩れ落ちそうな建物の陰で震えてうずくまっていた。
周囲には誰の姿も無い。きっと混乱の末に親とはぐれ、動けなくなったのだろう。
絶望的な光景を見つけてしまったシクロの表情が一気に青ざめた。
「……最っ……悪のタイミング!!」
瞬時に”空踏み”を発動させ、空気を思いっきり蹴って急激に地上へ進路を逸らす。
地上を滑るように着地し、子供の身体を拾い上げて脇に抱え、脚を止めずに疾走を再開した。
背後から建物の崩れる音が聞こえる。間一髪だった。
「っ!? お、お姉ちゃん!?」
「あっ、子猫の子だったんだ! ごめんね、ちょっと揺れるけどすぐ終わるから! 少しだけ頑張ってね!」
その子供は、昨日子猫を探すのを手伝って、今日の昼に広場で一緒に遊んであげた女の子だった。
脚への魔力の流動を高める。足の先に発動させている魔法陣に、別の術式が組まれていく。
子供一人の重さをカバーする為に加速、加速、加速――!
「ほほぅ! ここに来てハンデかぁ?想像もつかん事の連続で楽しいの~!! 楽しいが……それはやっぱり舐め過ぎとるんじゃないかぁ!? 勇者の小娘ェ!」
一瞬地上に降りたシクロが、何をしているのかと思えば子供を救出しているという状況にヴァルナが吼える。
「ふふふ、勇者は泣いてる子供を見捨ててはおけないのだー! それはそれとして……これは結構やばいかも!」
ヴァルナを撒かない程度に引きつけつつ、女の子をどこか安全な所へ連れて、かつ時計塔への誘導も続けなければ!
ここにきてシクロの肌に汗が滲んできた。
「お姉ちゃん……もしかして私、邪魔しちゃ……て……? ……うっ……ぐすっ」
「泣かないでいいんだよ、大丈夫、心配しないで」
激しい風と竜の追ってくる轟音の中で、静かに、諭すような声に女の子が顔を上げる。
「君が泣いていたらボクが……勇者が助けてあげるから。だから……どうか恐がらないで、心を強く持ってね」
長い銀髪が風になびく。
青く燃える街の中で竜に追われる状況下、女の子の見たシクロの表情はひどく優しかった。
「お姉ちゃん……?」
それは、無邪気な笑顔で自分たちと遊んでくれた年上のお姉ちゃんと同じ人物だとは信じがたい程に。
走るシクロの姿勢が低くなり、ヴァルナに脚の裏を向ける姿勢で直線状に跳ぶ。
”空踏み”の術式の上に組んだ魔法が発動する。
「――セブンスレイ!!」
足先に七つの魔法陣が浮かび、それぞれをヴァルナに向けてはいるが……でたらめな方向に光線を放つ。
「ぬははぁ! 同じ技を二回使うのは芸が無いんじゃないかぁ!?」
「同じ使い方じゃなかったら……話は違うと思うよ~ん」
「何じゃあっ!?ぬうっ!」
打たれた七つの閃光がそれぞれ爆散する。
眩い光の粒子がヴァルナの視界を遮ると、反射的に動きを止めて地上に着地してしまった。
「目くらましか! こざかしい……!」
ヴァルナのその様子を確かめる余裕も無く、セブンスレイ使用の反動を利用して更に加速したシクロは、三角飛びの要領でジグザグの軌道を描き、進行ルートからやや離れた所にあった、火の手も遠く安全そうな家屋の前まで走り抜き、そこで女の子を丁寧に下ろした。
「ここならもう安心だよ。街が静かになったら必ず誰かが助けてくれる。それまでの辛抱だよ」
そういう言うとシクロはすぐさま振り向いて戦場へ戻ろうとする。
女の子が慌てて声をかけた。
「あ、お、お姉ちゃん! ありがとう! 助けてくれて、その、猫の事も……頑張って……負けないで!」
シクロはその声援に無言で、柔らかい笑みで、親指をグッと立てて返した。




