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神魔の隷王  作者: 地下渓谷


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5話 竜王ヴァルナ 4

 風の音が耳を切る。

 シクロの身体が空を落下していた。

 あらゆる攻撃を防ぐはずの最高位防御魔法ルミナスバリアでさえ、竜王ヴァルナの()()を振るっただけの攻撃すら止める事は敵わなかった。

 しかし、ギリギリ。複数の層を展開したバリアが、最後の一枚だけ耐えきってくれたお陰で尾が直撃するのを免れた。

 これは、ちょっと拙いかも。

 もしかすると、逃げ出したロランドの方が正しかったのかも、とちょっとだけ思ってしまった。


 地面が、迫る。


「――ったく、何やってんだお前は」


 地面に投げ出され、転がっていくはずだった身は、しかし男の腕に捕らえられた。

 それは偶然にも所謂お姫様抱っこの形となり、空から降って来たシクロをキャッチした。

 涼しい顔をしているつもりだろうが、空から落ちてくるシクロを視認して、受け止める為に全力で走ったのだろう。肩で息をするロランドを見上げたシクロの顔は一気に赤くなる。


「し、し、師匠!?!? だ、だ、駄目だよ!まだあいつと戦ってる最中なんだから!! で、でも師匠が今が良いって言うならボクとしてはやぶさかでは無いというか何というかいつでもウェルカムって感じなんだけどぉ……」

「何言ってんだクソのボケカス」


 くねくねと悶えるシクロを見て、見捨てて放り投げてしまうのがこの場の正解かもしれない。ロランドは本気でそう思った。


「で、でも、どうして? 師匠、こういう時っていつもなら戻ってこないでしょ?」

「勝算が思いつかなかったら、な」

「……!」


 癪だが、こいつは俺の事をよくわかっている。

 これまでどうしようも無い状況や戦闘は、絶対に避けてきた。

 だが、勝ち筋を見出した時は――。


「勝てる勝負をしないなんて、勿体ないからな。相手が強大なら猶更だ」


 ――全て勝ってきた。


 ……まぁ、こいつ(シクロ)が付き纏ってくるようになってからは、殆どこいつが勝手に全部終わらせてばかりだったが。


「で、正直な話……まともにやり合い続けて、あいつに勝てそうか?」

「当たり前でしょ! ボク負けた事無いもん!

……って言いたいとこだけど、ごめんね師匠。多分、難しいかも……」


 シクロがしょげた表情を見せる。

 負けを知らないこいつが弱音を吐くとこを見ると、やはり正攻法では話にならんらしい。


「世界にはまだまだ強いやつが沢山いるね。あいつと戦って身に染みちゃった」

「おう。それと同じだけ、自分より強い奴に勝つ戦い方ってのがあんだよ」


 上空に座す青い太陽を睨め上げ、ロランドの口角が僅かにあがる。

 その表情を見たシクロは目を丸くしてけらけら笑った。


「あっ、師匠が笑った! 人相悪っ!」

「うるせえぞ。つーかいつまでそこに居んだよ。もう立てるだろ」


 ポイッと、手を急に離してシクロを地面に落とす。


「ふぎゃっ!」


 情けない声を上げて尻もちをつき、勢いで頭まで打つ。

 シクロは涙目で頭をさすりながら頬を膨らませ、不平を垂れた。


「ひ、ひどいよ~~! もうちょっと抱っこしてほしかったのに……」


 小声で何か言っているが聞こえない。

 超人と言えど、特別身体が頑丈だとか、痛覚が無いなんて事は無い。

 さっきまで空でドラゴンと渡り合っていた奴の人間らしい一面が見える。

 ……故に、ヴァルナの本気の攻撃は、防御に失敗すれば、このシクロであっても全てが致命傷になりえるだろう。何なら最低でも致命傷、最悪即死ってところか。


「あのドラゴン相手だ。リスクは勿論あるが……ま、高く見積もって成功率は5割くらいだな。シクロ、大して難しい事は言わねえ。よく聞けよ。」

「――うん!」


 表情こそいつもの仏頂面で変わりこそしないが、今、ロランドの機嫌がとても良いのはシクロには判っていた。

 ただ単にジャイアントキリングを成そうと画策する現状にハイになっているだけで、そこにこの街の為、人類の為、等の大義名分を掲げる微塵も無い。

 シクロはそれも判っていた。でも、それで十分楽しいと思っていた。

 だが、ロランドの口から立ち回りについての説明を受け、少し思い直した。


「そ、それ……師匠、少しでも失敗したら死んじゃわない? ていうか、師匠の”能力”って……()()()()にも効くの?」

「さあな。そもそも使用条件が限られている上に、流石にあんな文字通り雲の上の奴に使った事は無ぇ。だが条件さえ成立していれば、種族に対する制限が無い事は検証済みだ」


 それ以外にも、思いつく限りの活用法を考えたし試した。

 その上で、あのドラゴン相手に勝機を見出している。


「竜王なんつー相手のグレードを考えたら勝算と呼ぶには十分過ぎる。それでもミスって死んだら仕方ねえ。大体、人間が普段から死なねえように生きてるのはこういう時に命をベットす(賭け)る為なんだよ。俺を師匠だなんだと呼ぶならそれくらい覚えとけ」

「絶対違うと思うなぁ!」



 * * *



 日が完全に落ち、夜の闇が大地を包む。

 しかし空には青い太陽、地上には同じ色の魔炎で焼かれる街が一つ。

 人間どもの騒々しい悲鳴や鳴き声も、まるで聞こえない。

 ただ風の音だけを聞きながら、竜王ヴァルナは眼下の街を見ていた。


「……つまらんのう」


 さっきまで羽虫の如く自身の身体をつつき回していた小娘も、尻尾の一撃であっさりと落ちて行った。

 普通の人間……でなくとも、まぁ死んだじゃろ。

 人間は高いとこから叩かれ、落ちて、生きてられる作りをしていない。

 そのくせ一丁前に抗ってくる。愚かにも儂らを倒そうなどと考える。

 思い上がった連中しかおらん、つまらん種族の街。


「もう全部焼き払うとしようかの~~~……」


 あの小娘……シクロとか言ったかの?

 勇者を名乗っておったが、恐らくは真実じゃろうて。

 神に選ばれた肉体としか言えない力を持つ超人。魔の天敵。

 ――しかし若過ぎた。あまりにも。

 あと数年もすればあの水晶の剣は儂の鱗を裂き、この首を、心臓を貫いていただろう。

 恐ろしくも有り――残念じゃ。

 もう楽しませてくれる奴はいない。もう現れる事は無い。

 ヴァルナの口から青い粒子が漏れ始める。

 勇者への、せめてもの手向けを。

 一息で街もろとも地図から消し、存在を無かったことにしてやろう。

 魔王配下、四天王が一人。竜王ヴァルナの息吹(ブレス)を以て、この儚い戯れを終わりにしよう。


「……ぬ?」


 息吹を打ち放たんとする直前、ヴァルナの眼が細まる。

 焼け落ちた家屋の屋根の上、一際眩い光が煌めいている。

 蒼い炎に包まれた街の只中に、異なる色の魔力光が見えた。

 そして天に向かって「ここだ」と言わんばかりに光が撃ち上がり、しばし空に残る痕を刻んだ。

 その光の先、屋根の上の小さな影が両手を大きく広げて――両手とも中指を立てて、居た。


「――ふはっ! ふははは!! 何と下品な!!」


 愉快だ。

 この竜王の尾で空高くから叩き落され、尚も生きていた。

 それどころか儂に品性の無い挑発までかましてきた。


「はーはっはっは!! 面白い! 見上げた根性じゃ!! それともとんでもない戯け者か、どっちじゃろうのう!!」


 息吹を打ち放つのも忘れて腹を抱える様にして笑う。

 先程までの沈黙が嘘のように、ヴァルナの竜体が大きく動き出した。

 翼を大きくはためかせ、身を反らせる。


「死ぬまで楽しもうぞ!! なぁ、勇者よ!!」


 竜の巨体は夜空を引き裂き、街へと一直線に突っ込んだ。

 最初に襲撃した時と同じ様に、青い流星となって急降下する。

 その眼は街や他の人間には目もくれず。

 ただ、自分を楽しませてくれる勇者(シクロ)だけを見ていた。

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