46話 冒険者とは
ちょっとだけ時間を戻そう。
さて、冒険者のランクには十一段階ある。
下から順に、白砂、青石、黄玉、黒鉱、緑翠、紫軌、赤灼、銀翼、金冠、白金宮、虹彩。
黄玉までが下位、そこから紫軌までが中位、赤灼以上は上位と区分されている。
更に銀翼〜白金宮は国からの直接の依頼も多いので昇格には信頼と実績が何より重要になり、これまでとは比にならない厳しい審査が要される。
最上位の虹彩に関しては、ギルドの歴史上に名が載っているだけで現役の冒険者は存在しない。
所謂"英雄"や"伝説"と呼ばれる者達のみに許される称号だ。
通常、冒険者としての登録をした場合、一律で白砂ランクからスタートするが、赤灼ランクであるガレンからの推薦状を提出したシクロは最初から上位スタートの可能性もあった。
そして身体能力測定や魔力検査の結果、ギルドの歴史においても有数の成績を残した。
戦闘試験は全教官を一瞬で叩きのめし、使用可能な魔法の検査では超位防御光魔法・ルミナスバリアを無詠唱で発動。同時に上位攻撃光魔法・セブンスレイを無宣言で発動してターゲットを完全に破壊するという、前代未聞の芸当をやってのけた。
こんな規格外の存在を中位ランクに押し留めるにはいかない、ただちに上位ランクを与えて、ギルドも消化しきれていない依頼を受けてもらうべきだと内部で審議が行われようとしていたが...。
「これから何点か質問させて頂きます。貴方は依頼を遂行中に予定に無い敵と出会いました。その敵との戦力差は不明です。倒しても依頼には影響がありませんが、倒すのに時間をかけてしまった場合、時間通りに依頼が完了できなくなるかもしれません。どうしますか?」
「すぐ倒す!! 敵の強さなんか戦ってる最中にわかるしボクが倒すのに時間かかる訳ないじゃん」
(即答...自分の強さに自信があるのかもしれないが...想像力×、戦力確認×、依頼成功を軽視の傾向...)
「貴方は仲間達とダンジョンの攻略をしている最中です。恐らく次の階層が最深部ですが、パーティメンバーに疲れが見えます。どういった選択を取りますか?」
「師匠の言う事を聞く!」
「し、師匠? ...いえ、でしたらこうしましょう。このパーティはこのダンジョンを踏破するまでの期間限定のもので、貴方が普段仲良くしている人達はおりません。仕事のみの間柄です」
「じゃあボク一人でも奥に行くかな。着いて来れない人は仕方ないよね」
(協調性に欠ける、と...師匠とやらには従うという事は、そこを基準に考えれば仲間意識は◯...いや、特定個人にしか向いてないのなら△か)
「次です。ここに五種の回復薬を並べました。これらの名称をお答えください」
「え...全然わからないけど...そもそも使った事無い...あ、でもそこの青いのは師匠が持ってるの見たことある! 名前は...うーん...」
(アイテム知識×...基本回復薬であるポーションも知らない人は初めて見たな...)
など、冒険者としての素養を確認する質問に、悉く"ハズレ"の回答をし続けた。
通常通り白砂ランクから冒険者を始めるにあたり、これらの質問には基本的に意味は無い。シクロと逆の...真人間らしい回答をしたところで、特段印象が良くなり今後の昇格に有利になるという事はほとんど無い。
用意された質問に、用意した回答を答える"当たり前"が出来ているかの確認であるからだ。
だが、それが出来ていないとなれば、シクロの様な天性の才覚を持った人材であっても───。
「いや、これで赤灼スタートは無理に決まってんだろ。強けりゃいいって訳じゃねーぞ」
ギルド幹部の男が、シクロの問診票を見て眉を顰めた。
全体的に冒険者としての常識がなっておらず、自分本位で自信過剰。
自信を裏付ける能力の高さは有るものの、それらを台無しにする社会性の無さ。
冒険者登録が可能になったばかりの年齢という事を考えれば、精神の未熟さに目を瞑らざるをえないかもしれないが、依頼主にそんな事は関係が無い。
あくまでも冒険者稼業は依頼主ありきの"仕事"である。
「じゃが、こんな戦闘力の者が中位にいたら、同ランク連中の立つ瀬がなかろう」
「刺激になって逆に良いんじゃない?」
「んなわけ無いだろ...子犬の群れに象を投入して競わせてる様なもんだぞ」
「下位に置いたところでどうせすぐ上に上がってこないか?」
「昇級に無関心でダラダラ下位に居座られる事を想像したらねぇ...この性格じゃあそのパターンもあり得るかも」
「赤灼のガレンを倒したってのは本当か?」
「ええ、推薦状にガレン本人が書いてるわ。印も本人の筆跡と指紋で間違いない。村のチャンバラ大会の結果らしいけど」
「ガレンって言やぁ、銀翼昇級を長い事渋ってる奴だろ? チャンバラでもこいつが負けるってのは相当じゃないか」
「いや〜...しかしのう...」
ギルド内に居た老若男女の幹部達が緊急で会議室に集められ、シクロの初期ランクについて頭を悩ませていた。
冒険者の昇級審査は当たり前に厳しい。
だが、上位の実力を持ちながら、それ以下のランクで遊ばせて悠長に昇級試験を受けに来てくれるのを待っている様な運営でもない。
上位層にしか受けられない仕事というのは無数に有るのに、上位ランクまで上がって来られる人材はそうそういない。
働き手が足りていないのである。
かと言って、無理に実力に見合っていない者を押し上げる訳にもいかない。
冒険者の仕事は命懸けが当たり前。
ギルド側の采配ミスは命の有無に直結する。
だから、実力が十二分にあるとされる者は、いち早く昇級して貰いたいのがギルドの方針であり、本音だ。
「静かに」
会議室のテーブルの上座に座った老人が一言だけ発した。
それだけで幹部達は口を塞ぎ、その老人の方に注目する。
「冒険者シクロには紫軌ランクから始めてもらい、社会的常識を十分に学んだと担当の者が判断し次第、赤灼ランクへの昇級を薦めよ。以上」
有無を言わさないその口ぶりに、若い男性の幹部が緊張を隠しきれない面持ちのまま、手を上げた。
「マスター、理由を聞かせてもらっていいですか?」
マスターと呼ばれた老人は表情を変えずに答える。
「この能力値で下位から始めては、実力差で他の同クラス冒険者の士気を削ぎかねん。よって論外。
だが上位では依頼主との信頼関係を築けるとは到底思えん。
ならば中位しか残されておらんが、黒鉱も緑翠も、当てはめるにしては中途半端だ。であれば中の上、紫軌ランクにして立場を縛り、資格さえ整えば上位にすぐ上げられると示しておくのが得策」
「......」
「異論はあるか?」
「いえ...」
「ふむ。であれば解散」
幹部達が一斉に席を立ち、頭を下げる。
アレトのギルドマスター、ヴィルトゥーザ。
かつては金冠ランクにまで上り詰めた彼の采配は、冒険者達に必ず最良の結果をもたらして来た。
その決定に異を唱える者はいない。
「マ、マスター!!」
「何だ騒々しい」
ギルドの執務室へ、幹部の一人...先程挙手した若い男が慌ただしく駆け込んできた。
「も、申し訳ございません! そ、その...会議室で議題にあげた冒険者、シクロがですね...」
「ふむ」
「ほ、他の冒険者を蹴り飛ばして...気絶させ、仲間の男と共に逃走しました...」
「......えぇー...」
厳格な雰囲気を常に保っているヴィルトゥーザの鉄面皮が崩れ、非常に困惑している表情になった。
ギルドとしても目をかけている以上、多少問題ごとを起こすのは承知していたし、ある程度は許容しようと思っていた矢先。
「それで、蹴られた者は? まさか死んでないだろうな」
「は、はい。命に別状は無いそうです。医務室へ搬送され、現在医療スタッフによる治癒魔術にて治療を進めており...」
よかった〜〜〜と内心胸を撫でおろす。
あんな力で並の冒険者と喧嘩なんて命に関わる問題だ。
ヴィルトゥーザの意思で初期ランクの待遇を決定した以上、シクロの不始末の処理には、最悪自分も臨む必要がある。
幾ら自分がギルドの長で、幾ら期待の新人が相手と言えど、こちらからすれば、まだカタログスペックしか見てないも同然なのだからそこまで責任を持ってやりたくはないのが本音だ。
「事件前後の現場の状況を教えろ」
「はい! えーと...」
幹部の男が、現場にいた職員から聞いた話を改めて伝える。
どうやら蹴られた冒険者、バゥムというのがシクロの仲間にちょっかいを掛けていたのが原因らしい。
このバゥム、スラムに出入りし、他の同業者にも喧嘩を吹っ掛ける癖のある荒くれ者。この騒動の発端もこの者だろう。そう決めつけておく。
ギルドは個人間の揉め事に厳密な調査を進めて裁定を下してやるほど暇では無い。
ギルドへの貢献度はそれなりにあるものの、素行の悪さのせいで昇級できない典型的なタイプだ。
この様な者であれば、抗議されたところで貴様にも責任があると言い切れる。
「...冒険者バゥムからは通常通り、治療代を請求。冒険者シクロには次回ギルドを訪れた際に厳重注意。ワシの名前も出しておけ」
「わかりました...バゥムが何か言って来ませんかね?」
「言って来たらつき返せ。冒険者の資格が惜しくなければワシに文句を言いに来いと伝えろ」
「は、はい...」
殴った方が悪いなどというのは、争いの無い日常に慣れた者達の意見だ。
いつ破壊と混乱が隣人になるかわからない、この不確かな世界において、そのような考えは最良とは言えない。
暴力によって個人間の瑣末な問題が片付くのであれば、それを行使すべき場面もある。
ヴィルトゥーザ自身、かつてはそうして数多の荒事を乗り越えてきた。
綺麗事だけで生き残れるほど、この世界は甘くないことを誰より知っている。
だが同時に、社会に属するならば、破壊と混乱を呼びこまないための秩序もまた必要だ。
力ある者がそれを軽んじれば、やがて救えるはずのものまで踏み潰してしまう。
力を振るうべき場面と、抑えるべき場面を見誤ってほしくはないのだ、
きっと、彼の少女はそこまで考えて今回の行動に出ていない。
「何かの予兆かもしれんな」
「え...?」
「いや。何でも無い」
「? ...では、失礼しますね」
「うむ」
幹部の男が部屋から立ち去る。
息を深く吐いて、席を立ち、窓の外を眺める。
今日もアレトの街には、無数の人々が忙しなく暮らしている。
数日前にミューレの街を襲い、甚大な被害をもたらしておきながら忽然と消えた青い竜の魔族。
突然現れた天才少女。
そしてここ最近、急増したモンスター討伐依頼。
アレトに何かが迫ってきている。
ヴィルトゥーザは自分がギルドマスターに就任して以来、最大の嵐が、近く巻き起こる予感がしていた。
「マスターーーー!!」
「何ださっきから騒々しい! ノックくらいせんか!」
take2...ではない。
今出て行ったばかりの男が、再び慌ただしい様子で入ってきた。これにはヴィルトゥーザも少々声を荒げる。
「ももも申し訳ございません! で、ですが、そのぅ...」
「さっさと要件を言え! 全く、どうなってるんだ今日は」
これ以上があるというのなら言ってみろ、という面持ちで男の方に向き直った。幹部の男は扉の方を指差し、息も切れ切れに。
「お、お、王家の使いの方が...!」
「......何だと?」




